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ノスタルジア

「輪るピングドラム」の二次創作小説ブログサイトです。 公式の会社・団体様とは無関係です。

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さいわいのゆくえ

晶馬と陽毬。ものすごく後悔してる。

「ねえねえ苹果ちゃん、どっちがいいかなあ」
「この淡いピンク本当に似合ってるよ!でもせっかく若い花嫁さんなんだからさっきの肩を出したドレスもいいよねー」
「うーん、迷うなあ」
陽毬と苹果がきゃっきゃと騒ぎ立てる。
晶馬は二人から離れたところにある椅子に座り、げんなりとしながらその様子を見つめていた。
「バージンロード歩く練習するんじゃなかったのかよー……」
ぼそりと呟いた言葉も、ドレスに夢中な二人には届かない。
思わず大きくため息をつく。
陽毬の結婚式を近くに控えた休日の日、晶馬は陽毬と苹果と一緒に式場に来ていた。
結婚式では普通、父親と花嫁が腕を組んでバージンロードを歩くが、陽毬の場合は二人の兄と三人で歩くことになった。
ちなみに冠葉と晶馬はどちらが陽毬とバージンロードを歩くのかもめにもめて、大人になってからは久々に激しい兄弟喧嘩をしたのだが、陽毬は最初から二人ともと歩くつもりだったと言って、兄二人に肩すかしをくらわせた。
そして昨日、バージンロードを歩く練習を一度一緒にしてほしいんだけど、と言われたのだ。
二つ返事でオーケーした晶馬に対し、普段であれば、陽毬の誘いを絶対に断らない冠葉がなぜか行かないと言って、晶馬は驚いた。
いつもは先約があろうが必ず陽毬のほうを優先させるのにどうしたんだ、と言っても冠葉はのらりくらりと返答をかわした。
冠葉のやつ、珍しく陽毬のお願いを拒んだと思ったら、こうなることわかってたのかな。
晶馬はここにはいない冠葉を胸の中で罵る。
式場に着いてみると、陽毬はついでにお色直しのドレスを決めるの手伝ってよとドレスを試着し始めてしまったのだ。
面白そうだからと言って付いてきた苹果と共にさっきからずっとはしゃいでいる。
待たされるだけの男には辛い時間だ。
陽毬が両手にドレスを抱えてこちらを振り向く。
「ねえねえ晶ちゃん、どっちがいいと思う?」
「僕にきかないで旦那さんを連れてくればいいだろう」
「だってあの人、何でも似合うとしか言わないんだもの」
はいはい、お熱いことで、と晶馬は再びため息をついた。これは長くかかりそうだ。
「どうしようかなあ」
「ねえねえ、あっちのマーメイドラインのもよくない?」
苹果の言葉に晶馬はやばい、と焦った。これ以上選択肢を増やされて待たされる時間が増えては困る。
「ピンクの」
「え?」
「ピンクのがいいよ。肩出したやつはちょっと露出多すぎ」
ぱあっと陽毬の顔が明るくなる。うん、そうする、と言うと担当の人のところへドレスを持って駆けていく。
「晶馬くんって、ああいう清楚な感じが好きよね」
苹果がにやにやしながら言い、晶馬は目線をそらしながら口を開く。
「好きっていうか、陽毬にはあっちのほうが似合うし。……肩を出したドレスは、帽子様を思い出してちょっと」
「えー、今思うと、ああいう女王様な陽毬ちゃんも魅力的だったと思うけど」
のんびりと呟く苹果に、晶馬はきっときつい視線を送る。
「陽毬にあんな下品な言葉言わせるなんて許せないよ!」
「晶馬くん、シスコン」
何とでも言え、と晶馬は口をとがらせる。
「……晶馬くんってさ。型にはめて陽毬ちゃん見てるところあるよね」
「え?」
「ドレスの選び方といい、言葉づかいのことといい」
「そりゃあまあ、親代わりでもあったし。冠葉は陽毬には甘いし、僕が口うるさく言わないとって」
言いながら、その役目ももう終わりだけど、という考えが頭をよぎる。
プランナーと言葉を交わす陽毬の一挙手一投足を見つめる。
こぼれるように笑顔をふりまき、その細い指がしなやかに動いて髪を耳にかきあげる。
容姿も仕草もぐっと女性らしくなった。
自分は妹としての顔しかしらないが、夫になる人には他の顔を見せているのだろうか。そう思うと、胸がざわりとした。
やれやれ、シスコンは冠葉で十分だ。
晶馬は頭を振ると椅子から立ち上がる。ようやっと話が終わったのか、陽毬が駆けてくるのが見えた。





「転ばないでよ、晶馬くん!」
「うるさいなー!大丈夫だよ!」
苹果は参列者が座る椅子の一角に腰かけると、晶馬をからかい出す。
今日は挙式の予定がもうないらしく、チャペルには自分たちの他に姿は見えない。
扉の前で晶馬は咳払いをして陽毬に向き直ると、「これ、普通に歩けばいいってわけじゃないの?」と尋ねた。
「それでもいいらしいんだけど。歩幅が違うから難しいと思うの」
陽毬は両手を掲げると、空中で両手を両足に模して実演し始める。
「左足を出して、そこに右足を並べて。その次に右足を出して、左足を並べての繰り返し」
晶馬はうなずきながら、頭の中でシュミレーションをする。そこまで難しくなさそうで心の中でこっそり安堵のため息をつく。
「わかったよ。でもこれ、二人でできても冠葉と三人で息が合うかなあ」
「そうなんだよね。二人ならとにかく、三人でっていうのが難しいよね。でも挙式当日にもリハーサルする時間はあるらしいから」
とにかくやってみよう!と陽毬が晶馬の腕を取った。
せーの、と二人で声をかけて足を踏み出す。最初の一歩はよかったが、次の一歩を踏み出すときにタイミングがずれて晶馬がつんのめりそうになる。
「言った側から!」
苹果が声を立てて笑う。ちょっと黙っててよ!と晶馬は顔を真っ赤にして苹果に向かって喚いた。
「ごめん、陽毬。左足出して、一呼吸置いてから、次の足でいい?」
「うん。もう一回!せーの」
もう一度歩き始める。二人でお互いの顔をちらりと見ながら次の足を踏み出す。一度リズムに乗ると難なく進めるようになった。
「いち、に、いち、に」
一歩踏み出すたびに、視界の端で陽毬の髪が揺れる。
最初に出会ったとき、どこかわからない虚空を見つめていた少女はもうどこにもいない。彼女の瞳は真っ直ぐに、教会の十字架に、そして本番にはそこにいるのであろう夫の方向を向いている。
ふいに、様々な陽毬の表情が浮かんできた。
選んでくれてありがとう、ととても幸せそうに微笑んだ笑顔。
迷子になり、自分たちを見つけたときの涙で頬を濡らした顔。
兄たちを心配して、怒った顔をして説教をするときは少し眉を上げる。だが、最終的には仕方ないなあと微笑むのだ。
晶ちゃんうるさい、と妹らしく口を尖らせてすねてしまうときもあった。
いつもありがとう、と姉のようにねぎらってくれるときもあった。
二人のどうしようもない兄たちを、優しく見守ってくれた姿は、母親と重なるときもあった。
足を踏み出すたびに、思い出がよみがえっていく。
うわ。どうしよう。本番じゃない、練習なのに。
胸が締め付けられるように痛い。
自分が泣きだすんじゃないかと思い、晶馬は動揺した。
必死に激情を抑えているうちに、陽毬が足を止めた。
「で、ここでストップ。腕を離して――」
ゆっくりと陽毬が腕をほどき、正面から向かい合う。
陽毬を見つめる。薄くだが、化粧を覚えた陽毬は、本当に美人になったと思う。
型にはめて陽毬ちゃんのこと見てるところあるよね。
ああ、そうだ。陽毬は僕の妹だから、言葉づかいは丁寧に。着るものは女の子らしいもので。立派な淑女になるようにしないといけない。
だが、それは、本当に母親代わりだからということだけが理由だったろうか。
自分の理想の女の子になるようにと、思っていたところはないだろうか。
いや、それだけではない。
そうやってかたちを守らせようとすることで、自分も目を逸らしつづけていたことがあるのではないか。
――晶ちゃんのこと、ずっと、ずっと。
先日言われた言葉がよみがえる。
晶馬は思わず、陽毬の手を取っていた。陽毬が驚きに目を瞬かせる。
「……晶ちゃん?」
きょとんとした陽毬の表情に、晶馬ははっとすると、手を離した。
「だ……大丈夫そう、だよね。なんだ、簡単じゃん!これであとは冠葉が転ばなければ大丈夫だろ」
「う、うん?」
「あ、そうだ、さっき携帯鳴ってたんだ。ちょっと確認してくるから、待ってて」
我ながらあまり上手な言い訳じゃないなと思いながら身を翻す。
いぶかしげな視線を向けてくる陽毬と苹果が背後でこそこそと言葉を交わす。
「晶ちゃん、どうしたのかな」
「陽毬ちゃんをお嫁に出す実感が出てきて感極まったのかもよ?」
晶馬は顔を真っ赤にしながらチャペルの重厚なドアを開き、外に出た。
ステンドグラス越しの光しか届かなかった室内に比べ、外の光は眩しすぎた。晶馬は慌ててチャペルの裏に回ると、建物の影の中にしゃがみ込む。
ポケットから携帯電話を取り出すと、短縮ボタンを押した。
呼び出し音がいくらか鳴った後、気だるげな声が聞こえる。
「……晶馬か?もう終わったのかよ」
冠葉の声を聞いた途端、抑えていたものが溢れだした。
「――おい?晶馬、泣いてるのか?」
「来なきゃよかった。リハーサルなんて、しなけりゃよかった……」
泣いてしまえば、目が赤くなってすぐ苹果や陽毬にばれてしまう、と思ったが止められなかった。
「陽毬を誰かに取られるなんて、そこまで僕が連れてかないと行けないなんて、嫌だ。最悪だ。こんな気持ち、あともう一回本番で味わうなんて、残酷だ」
晶馬は嗚咽混じりに言葉を紡ぐ。
あんなに綺麗になった陽毬を、誰かがさらっていくなんて。
僕が助けたんだ。
どうしてもこっちを見てほしくて、食べ物や飲み物で気を引こうとした。
彼女の反応が欲しくていろんな話をした。彼女は諦観めいた言葉を返すときもあれば、声をひそめて笑ってくれることもあった。
もっともっと心から笑ってほしかった。
彼女を助けるために、必死で走った。かじかむ手をにぎりしめて、動かなくなりそうな足を振り上げた。口から洩れる白い息も、爆発しそうに鳴る心臓も、今でも思い出せる。
――陽毬。
あのときのように、形振りかわわず、彼女の名前を呼ぶことは、もうできない。
彼女の手を取ったあのとき、あれは、確かに恋だったのに。
苹果は妹を嫁に出す兄の複雑な心境だと思ったようだ。そういうことにしておくべきなのだろう。
でも、本当は。
「冠葉は、わかってたの。だから今日、陽毬に頼まれても来なかったの」
「……そうだな。俺は今でも、陽毬が結婚するって認められない。認めたくない。リハーサルなんか、してられるかよ」
冠葉の率直な物言いに、自分だけではないと少し胸のつかえが軽くなる。
偽りでも、双子を長年やってきた自分たちの間には、確かに似ている部分がある。
それは自分と陽毬の間にも言えることなのだが、そのつながりは今はとても煩わしかった。
「冠葉。僕、今、ものすごく後悔してる。陽毬を妹にしたこと」
「……」
「冠葉がいつも言ってる通り、僕って本当鈍いよね。こんなぎりぎりになって気づくなんて」
「……晶馬」
「ごめん。すぐ、陽毬のお兄ちゃんに戻るから。ちょっとだけ。ちょっとだけ付き合って……」
しゃくりあげる声が高くなる。
冠葉は携帯電話の向こうで何も言わず、晶馬が泣きやむまで待ってくれていた。

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