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ノスタルジア

「輪るピングドラム」の二次創作小説ブログサイトです。 公式の会社・団体様とは無関係です。

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マリンスノー

晶馬と苹果。いつか、一緒に見よう。

ぼんやりと目を開くと、亀のマスコットが目に入った。
居間の照明から垂れたひもに二つ並んでくっついている、陽毬のお気に入りだ。
薄暗い空間の中で、それだけがぼんやりと浮きあがって見える。
冠ちゃん、大きな亀さんばっかり引っ張らないで。小さい亀さんと離れちゃうじゃない。
手が届くところにあるのがこいつなんだからしかたないだろ。
二人の声が聞こえる気がした。
ああ、ごはんを作らないと、と起き上がろうとしたところで徐々に今の自分の現状を思い出す。
もう、誰かのために朝ごはんを作る必要もないのだ。
力を込めようとした腕を床に再び投げ出した。
それだけのことで、布団もひかずに寝ていたからか、全身の関節がぎしぎしと音を立てる。
冠葉が出て行って、晶馬は陽毬を池辺のおじの家に行くよう送り出した。
だが、すぐに池辺のおじから電話があった。陽毬が来ないというのだ。
晶馬は慌てて心当たりを探しまわった。だが、病院と自宅周辺くらいしか宛てがなく、そしてそのどこにも陽毬の姿はなかった。
あとは、冠葉と一緒にいる可能性しか思い当たらなかった。
そうなるともう晶馬にはお手上げだ。
一日中走り回りその結論に達し、一応警察に捜索願を出し自宅に帰ってきたところで記憶は途切れている。
冠葉と殴り合って負傷した怪我と陽毬を探しまわって棒になった足が痛みを伴っているはずなのに、それもどこかぼんやりとしていた。
そういえば食事もとっていない気がするが、全てのことが遠くに感じられる。空腹感もまともに感じない。
晶馬は亀のマスコットを再び眺めることにした。
明かりを灯すたびにゆらゆらと揺れていたマスコットは、今はぴくりとも動かない。
時折聞こえる通行人の声や車の音以外は家の周りにほとんど音もない。
まるで、深い海の底にいるみたいだ、と晶馬は思った。
音も光も届かない、静かで暗い、海の底。
僕にはお似合いだ。
家族ごっこの果てに、冠葉を止めることもできず、陽毬の気持ちも汲んであげられなかった。
僕には何もできない。
だったらいっそ、誰もいない場所で、誰にも見られずに知られずにいなくなってしまえれば。
本当に海に沈んでしまって、そのまま泡になって消えてしまえたら、どんなに楽だろう。
そう考えながら、身体を横に向けて寝返りを打とうとする。
すぐ横に荻野目苹果の横顔があった。
驚きすぎてしばらく声がでなかった。
「……おぎのめ、さん?」
小さな呟きに、隣の少女がぱちりと目を開いた。
ゆっくりとこちらを向くと彼女はいたずらがばれたように無邪気に笑った。
「ごめんね。鍵開いてたから、勝手に入っちゃった」
「……そう」
いつもであれば、なんで横で寝ているの、など突っ込むことはいろいろとあった気がする。
だが、なんだか返事をするのも億劫で一言で返事を済ませた。
陽毬の行方を知らないか、と一番最初に電話をしたのは彼女だった。まだ一日もたっていないのに、ずいぶん昔の出来事のように思える。
陽毬が来ていないか、どこに行ったか知らないか、と苹果の問いにもまともに答えず、ただただそれだけを繰り返したような気がする。
ねえ、晶馬くん、私も一緒に探そうか。
そう言った彼女にろくな返事も返さず電話を切ったことをようやく思い出す。
心配して様子を見に来てくれたのだろうか。
晶馬は苹果に感謝をし、そうして少しだけ、煩わしく感じた。
苹果はとても、真っ当だ。その真っ当さが、今は辛い。
晶馬は隣の苹果を無視して、亀を見つめる作業に戻ろうとした。
そのとき、苹果が「晶馬くん」と呼びかけてきた。晶馬は聞こえないふりをすることにする。
苹果はかまわずに言葉を続けた。
「こうしていると、海の底にいるみたいだね」
苹果の言葉が先程の自分の思考と重なって、晶馬は目を見開き苹果を見つめた。
彼女は薄く笑う。
「晶馬くん、マリンスノーって知ってる?」
「え?」
「海に降る雪のこと。本当の雪が降るわけじゃないの。プランクトンの排出物とか、死骸とか、それが分解されたものとかが沈んでいくのがそう見えるの。沈んだ後は深海の生物の餌になるんだよ」
淡々と語る苹果の声を晶馬はぼんやりと聞いていた。
苹果がそっと晶馬の手を握るのがわかった。
「私たち、今、海の底に静かに沈んでいってるみたい」
「……荻野目さん」
晶馬は彼女の手をふりほどこうとした。
沈むなら、僕ひとりで沈むべきなのに。
だが、苹果は力を込めていて簡単にはほどけない。
「……荻野目さん」
「前にテレビで見たの。本当に海の中に雪が降るみたいだった。とっても綺麗なのよ」
「荻野目さん」
「いつか見たいなあ」
「荻野目さん!痛い痛い痛い!」
晶馬は久方ぶりに大きな声を出すと思わず起きあがった。苹果がきょとんとする。
「手、強く握りすぎだよ!」
「ああ、ごめん!」
苹果が慌てて手を離すと、晶馬はため息をついて立ち上がった。一瞬ぐらりとめまいがするが、なんとか押しとどまる。
亀のマスコットを引っ張ると、暗い家のなかが一気に照らされた。
苹果が急に行動しだした晶馬を不思議そうに見上げる。
荻野目さんは、海の底よりも、眩しい場所で騒いでいたほうがよっぽど似合うよ。
そんなことを言おうかと思って、柄じゃない気がしてやめた。
代わりに、口が勝手に動いていた。
「見ようよ、いつか」
「え?」
「マリンスノー」
何を言っているんだろう、と思いつつ言葉にしていた。
苹果の顔が明るくなる。
「う、うん!うん!一緒に見ようね!」
そんなに喜ばなくても、と思うほど頬を染めて顔を綻ばせるりんごに、晶馬も自然と笑みを返していた。
途端、ひきつれたような痛みに顔がゆがむ。
「い、いててて」
「ちょっと、大丈夫?」
「うん、ていうかお腹すいた……」
晶馬の言葉にりんごはそう来なくちゃ、と言うと冷蔵庫を開いて食べ物を吟味し始める。
深海だったはずの家の中が、苹果がいるだけでよみがえってくる。
敵わないなあ。晶馬は苦笑した。
いつか、一緒に見よう。海に降る雪を。
暗く寒い静かな海の底に一筋、光が射した気がした。





「荻野目さん!もう、ちゃんと髪の毛乾かしてからにしなよ!」
タオルで髪をふきながら、雑誌片手にソファに座った苹果に、晶馬が怒鳴った。
「大丈夫だよー」
「風邪ひくってば!ほら!」
晶馬はドライヤーのコンセントを入れると、苹果の背後にまわり、髪の毛を乾かし始める。
「ほら、前向いて!中まで乾かないじゃん」
「うーん」
晶馬の言葉にも、苹果の目は雑誌に釘づけのままだ。
しばらくたって、まだ少し湿っているものの、満足行くところまで髪を乾かすことに成功した晶馬はため息をついた。
「荻野目さん、楽しみなのわかるけどさ、そんなずっと見ることないと思うけど」
「だってやっと行けるんだもん!一年待ったんだし」
苹果は観光パンフレットを振りかざしながら、晶馬を勢いよく振り返った。
「旅行のお金くらい私が出すって言ったのに、晶馬くんたら意地張っちゃってさー」
「僕にも男のプライドってものがあるの」
晶馬は再びため息をついたが苹果がめくっているページに目が行った。
「荻野目さん、スキューバダイビングばっかり調べてるよね?なんで?」
「え?だって約束したじゃない」
「え?」
お互いにきょとんとして見つめ合う。
晶馬がああ、と声をもらした。
「マリンスノーを見ようって言ってたっけ」
「そうだよ。まずはそこから探そうと思って……」
苹果は自分の言葉の半ばで首を傾げた。
「でもそういえばさ、いつ約束したっけ。マリンスノーを見に行こうって」
「え?えーとあれ、いつかな」
「あ、このお店テレビで見たことある」
「本当?」
進んでいく会話に、いつのまにか先程の疑問は消えてしまった。

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