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ノスタルジア

「輪るピングドラム」の二次創作小説ブログサイトです。 公式の会社・団体様とは無関係です。

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バースデープレゼント

晶馬と苹果。お誕生日おめでとう。

最悪だ。
頭の中がその言葉でうめつくされている。どんなに気持ちを切り替えようとしても駄目だった。
地下鉄の窓の真っ暗な闇に浮かび上がるのはひどく沈んだ自分の顔だ。苹果は溜息をついた。
いつもはそこそこだと思っている自分の顔だが、淀んだ目に濃いくま、肌もがさがさで見ていられなかった。微妙に癖のついた前髪も気に入らない。
だが、かばんの中から携帯を取り出す動作する億劫だ。結果、他に見るものもなく、自分の顔をずっと見つめているのだ。
今日は最悪だった。
今日までの課題があって夜更かししたのが間違いだった。充電がきれていて携帯のアラームも鳴らず、遅刻すると思って慌てて乗った地下鉄は人がすし詰めだった。
人のにおいにむせそうになりながらも我慢していると、身体に手がはい寄ってきた。
痴漢だ、と思ったがどうしていいかわからず、結局学校の駅までじっと耐えるしかなかった。
いつだか、痴漢を問いただしたという友達の話を聞いたがすごく勇気があったんだなと思う。
学校になんとか間に合ったものの、今朝準備したときに今日ある授業を勘違いしていて教科書やノートを違うものを持ってきてしまったようだ。結局、提出期限の課題は出せなかった。
クラスメイトと会話をしていてもなぜか言われた言葉すべてに神経を逆なでされて、言わなくてもいいようなことをきつく言ってしまった。
きっと、他人から見れば小さなことばかりだろう。けれど、こうも続いてくると本当に気が滅入ってくる。
人生の中でこういった日はあるだろうが、何も今日でなくていいではないか。
苹果が再び溜息をついた瞬間、がたん、と振動が起こった。
慌ててあたりを見回すと、他の乗客も怪訝な顔をしている。
そうしているうちに、内部が突然暗くなった。悲鳴が響き渡る。
「なんだ?」
「何、停電?」
乗客たちが口々に言い合っていると、車両のスピードがぐんぐん落ちていき、ついには停車してしまった。
非常灯の電灯だけが細々のあたりを照らす。
小さな女の子が怖い、と言って泣き出してしまった。あやす母親の声が聞こえる。男の乗客たちがどうなっているんだと喚く。
すると、先頭車両から懐中電灯を持って職員がやってきた。
停電で車両が止まってしまったので、申し訳ないが次の駅まで歩いてもらうしかない、と説明される。停電の原因はわからないらしい。
これから商談があるのにどうしてくれるんだ、子どもに一体どれだけ歩かせる気等、さまざまな怒号が飛び交う。
苹果の頭の中は再び最悪だ、という言葉で埋め尽くされた。
乗客たちも結局は従うしかなく、職員がこじ開けた扉から車両を降りた。
職員が持つ懐中電灯が、レールを照らす。
もうとにかく早くこの一日を終わらせたくて、苹果は歩き始めた。
真っ暗な闇の中、ただ黙々と足を動かす。
最初は停電の原因を推測する声や、己の不運を呪う声が聞こえてきていたが、だんだんとみんな無言になっていく。
どこまでも続く闇の中、歩く音だけが聞こえる沈黙に身を浸す。
ただただ歩いているとなんだかおかしな気分になってくる。
非常灯の灯りがぽつぽつと目に入ってくる。
あれはいつのことだっただろう。
ふいにある光景が苹果の脳裏に浮かぶ。
不思議な灯りの中、隣に誰かがいた。
地下鉄の走る音が断続的に聞こえるだけの空間で、灯りに照らされた横顔を見つめた。
確かにあったはずなのに、いつだったか思い出せない。見つめたはずなのに、隣にいた人の顔も思い出せない。
あなたは私の、なに?
そのとき、ものが落ちた音がした。
だが思考に夢中になっていた苹果は気に留めなかった。
「お姉さん」
ふと声がした。
振り向くと、小学生が立っていた。学校帰りなのか大きなカバンを背負い、片手には不釣合いな白い箱を手に持っている。
その逆の手に、何かが乗っていた。
「落としましたよ」
少年が差し出したのは苹果の定期入れだった。
「あ!ああ!ありがとう!」
苹果は慌ててそれを受け取る。これを落としていたら、今日の最悪な出来事が追加されるところだった。
礼を言ったあと、少年が小学校低学年の頃合いであることに気付く。
「あなた、ひとり?」
苹果が心配になって尋ねると少年がうなずく。そして「それナンパですか?」と言い出した。
「は、はあ?」
「兄貴が、知らない女にひとりかって聞かれたらたいていナンパだって言うから」
「あなたのお兄さん……」
苹果が心配して損したと思っていると、少年がじっとこちらを見つめている。
なに、と言おうとしたときに、少年が口を開いた。
「誕生日、おめでとう」
「え?」
苹果は目を見開いた。数秒経って、定期入れに定期と学生証をいれていたことを思い出す。
「あ……ありがとう」
苹果はぎこちなく礼を言って微笑んだ。今日初めて自然に笑えた気がした。
「ついていないですね。誕生日にこんな目に合うなんて」
自然と少年が苹果の隣に並んで歩きだす。苹果はうなずくと、お互いね、とつぶやいた。
少年が首を傾げながらこちらを見上げてきたので、苹果は白い箱を指さす。
「それ。ケーキでしょ?あなたも誕生日なのかなって」
それともご家族だった?と苹果が言うと、少年はどっちも正解、とはにかんだ。
「僕と兄貴。双子なんだ」
「そうなの。お誕生日、おめでとう」
ありがとう、と少年が返してくる。
その声を、いつかどこかで聞いた気がした。
ふと前方を見ると明るくなっているのわかった。ようやく隣の駅に近づいてきたようだ。
視界も明るくなり、隣の少年の鮮やかな青い髪が目に入った。
そう、確かにあったのだ。
「ねえ」
思わず話しかけていた。
「なに?」
少年がこちらを見る。碧の瞳に苹果のいたずらっぽい顔が映った。
「やっぱりあなたのことナンパしたいんだけど、いい?」

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