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ノスタルジア

「輪るピングドラム」の二次創作小説ブログサイトです。 公式の会社・団体様とは無関係です。

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僕の光

冠葉と陽毬。少しだけ。
「また君に恋をする」の続きです。

冠葉はちょくちょく陽毬の前に現れるようになった。
最初は偶然を装いながら、しかし途中から隠すことをやめたのか、平気で待ち伏せをするようになった。
さすがに一人暮らしの自宅の前にいるようなことはなかったが、よく行くカフェや、勤め先の帰り道にふらりと現れる。おそらくは気を使っているだけで自宅の住所も知ってはいるのだろう。
今日も陽毬が駅から家路を行こうとしたところ、冠葉に声をかけられた。いつものように歩きながら他愛もない会話を交わす。普段であれば人気が少なく少し不安になる帰り道だが、彼といるだけでほんのりと明るいような気さえする。鼻孔をくすぐる周りの家々の夕飯時の香りに、陽毬は今更だとは思いつつご家族は心配しないの、と尋ねた。
冠葉は顔をしかめる。
「……双子の弟が、どこほっつき歩いてるんだってうるさいけど、いつものことだから」
「冠ちゃん双子なの?」
「ああ。あんま似てないけど」
「いいなあ、兄弟。私もほしかったなあ」
陽毬がうらやむ声を出すと、冠葉が横顔を向けて言った。
「まあ、本当に双子かわかんないんだけど」
「え?」
思わず陽毬が冠葉を見やると、彼は眉を少し下げて憂いを含みつつも、無理に笑おうとするように明るく一気に言った。
「俺と弟、十年前に一緒に警察に保護されたんだ。二人して家がどこかも両親のことも何も覚えていなくてさ。しばらくは施設にいたけど、今は後見人がついて二人暮らし」
陽毬は驚いたが、ふうん、そうなんだ、と返す。
今度は冠葉が目をみはる番だった。
「あれ。これ話すとたいていの女の同情は引けるんだけど」
「大人をなめないの。わざと表情とか言い方とか演出したでしょ」
「ばれたか」
冠葉は笑い声をたてて笑った。
晴れ晴れとした冠葉の顔から、彼が自分の生い立ちを、少しも不幸と思っていないことがわかった。
冠ちゃんにもきっとあるんだな、と陽毬は思う。
陽毬は両親がおらず、叔父夫婦に育てられた。そのことを告げるとたいていの人が複雑な顔をするのが常だ。
だが、陽毬も自分の境遇を不幸とは思わない。
本当の両親の思い出はほとんどない。だが、物心ついた頃から陽毬は、自分の心の中の奥に、一番大切なものはしっかりあるとわかっていた。
両親からなのか、他の誰かからなのかもしれない。いつか、だれかから、確かに愛されたことがあるという確信のようなものがあるのだ。
いつも胸の奥で光るそれは、陽毬の宝物だった。うまく言葉にできないので、他人に言ったことは一度もなかったが、冠葉ならわかってくれるかもしれないと思う。
「噂をすれば、弟からメールだ。俺、そろそろ行くよ」
いつもの通り、陽毬の家が目と鼻の先の地点までくると、冠葉がそう言って、手を振ってぱっと去っていった。
陽毬は冠葉が去った方向に背を向け歩き出す。今度あったら、冠ちゃんに話してみようか、と思う。うまく話せなくても、彼はきちんと聞いてくれる気がした。
鼻歌でも歌いたい気分で自宅のアパートの鍵を開けようとする。
すると、鈴のような綺麗な声が響いた。
「ご機嫌ね、池辺陽毬さん」
「え」
陽毬は肩をびくつかせると、声のした方に首を向けた。
そこには、とても迫力のある女が立っていた。切れ長の瞳と、通った鼻筋にゆるやかに巻いた髪。とてつもない美人だが、男に媚びるようなところは一切なく、むしろそういったものをすべて排除した並の人間は寄せ付けない厳しさがうかがえた。
彼女はすうっと目を細めると、陽毬を検分するように見つめた。そして、小さく唇を動かした。
「嫌だわ、早くすりつぶさないと」
「え?」
「何でもないわ。私は夏芽真砂子。冠葉の後見人よ」
陽毬は入ってくる情報に処理が追いつかず、目を白黒させた。
夏芽真砂子といえば、若くして夏芽ホールディングスの社長として君臨する女性だ。テレビや雑誌で取り上げられていることも多い。だが、媒体を通して見るものよりも、実物はあまりにも強烈だった。
「な、何のご用でしょうか」
やっとの思いでつぶやくと、真砂子は高いヒールを響かせながら、一歩陽毬に近づいた。
「単刀直入に言うわ。冠葉と会うのをやめてちょうだい」
「え、え?」
「今まで、あの子がどんな女とつきあおうが干渉してこなかったわ。誰に愛してると言っても本気ではなかったもの」
真砂子は戸惑う陽毬にお構いなしにまくしたてる。
街灯に照らされた陽毬の影に、真砂子の影が重なる。
「けれど、今度ばかりは放っておけないわ。冠葉が本気だから」
「何を言って」
「わたくし、あなたのような女が一番嫌いよ」
ぐさりと、胸にナイフを突き立てる言葉だった。
「自分からは求めようとしない。与えられることを当たり前だと思っている。そうしてずっと待っているだけのお姫様でいられると思っている、そんな女よ」
陽毬は息が詰まり、何もいえなくなった。
「とにかく、冠葉にはもう会わないでちょうだい」
そう声高に言うと、真砂子はヒールの音をかつかつと立て、颯爽と去っていく。
陽毬は呆然と立ち尽くし、彼女の背中が闇に消えるまで見つめていることしかできなかった。



「陽毬。陽毬?」
「……え?」
陽毬ははっとして顔をあげた。自分を見つめる心配げな瞳を数秒かけて認識し、慌てて薄い笑顔を浮かべて取り繕う。
だが、冠葉には通用しなかったようで、彼は思い切り顔をしかめた。
日曜日のうららかな陽気に、陽毬のお気に入りのかわいい雑貨がたくさんあるカフェ、目の前のあたたかなウインナーコーヒー。
憂いを呼び起こすものなど何もない空間で唯一、今日もふらりと現れた冠葉から思い起こされる、夏芽真砂子の鮮烈な一言が十分すぎるほど陽毬の心を曇らせる。
嫌いだ、などと面と向かって言われたのは初めてだ。
思春期に陰口をたたかれたことが全くないとは言わないが、あそこまで、むしろすがすがしいほど自分を否定されたことは初めてだった。
自分は思いのほか、ショックを受けているらしい。
そんなことを考えていると、冠葉くん!と甲高い声が響いた。
数人の女の子たちが店内に入ってきている。声をかけようとする店員をまったく無視して、こちらにやってくる。
冠葉が隣で、げ、と声をもらすのが聞こえた。
「やっと見つけたー!」
「携帯はつながらないし、学校で待ち伏せしても巻かれるし、すっごく苦労した!」
「私たち、高倉冠葉捜索の会を結成したの。やっと追いつめたわ」
髪型も服の趣味もばらばらそうな三人が冠葉に迫る。
陽毬は唖然として冠葉を見た。最初の出会いや真砂子の言葉から、彼が女の子たちに人気があることは察せられたが、ストーカーまがいのことをしてまで追いかけてくる子たちがいるとは驚きだった。
冠葉は陽毬の視線に、ばつの悪そうな顔をしている。
店内の注目も冠葉に注がれ出す。さすがにまずいと思ったのか、冠葉は立ち上がり女の子たちに向かって小声でささやいた。
「ここじゃなんだから、外で話そう」
「別に、ここでいいじゃない」
「そうそう。そっちの女の人にも聞かせてあげたほうがいいよ。冠葉くんがどれだけ女ったらしか」
「また別れたと思ったら、次は年上?」
矛先が自分に向かい、陽毬は体を小さくした。
「やめろよ。彼女は関係ない」
冠葉が慌てて陽毬をかばうように立ちふさがるが、彼女たちには火に油だったらしい。かみつくように冠葉に文句を並び立て始めた。
「次から次に女の子に手出して、最低だよね」
「きちんと付き合う気がないならやめてよ」
冠葉は弱りきったように、お前たちとはもう別れたんだから関係ないと繰り返すが、当然少女たちは納得しない。
陽毬はどうしいいかわからず、おろおろと冠葉と彼女たちを見つめた。
綺麗に引かれたアイラインがつり上がり、キラキラと輝くグロスが乗った唇が言葉をつむぐ。
いったいこの子たちは何をしにきたのだろう、と陽毬は思った。
冠葉が不誠実を謝罪して、それで満足するだろうか。いや、しないだろう。
彼女たちは、どこかで期待しているのだ。彼が自分のところに戻ってくることを。
ないとはわかっていても、もしかしたらという思いを捨てきれないでいるのだ。
陽毬はわざと音を立てて立ち上がった。四人が一斉にこちらを見やる。
「……ごめん、冠ちゃん。私、帰る」
「おい」
冠葉が慌てたように言うが、少女たちにまだ話は終わっていないと遮られて追いかけられない。その隙にさっと脇を通って会計を済ませてしまう。
喫茶店を急いで出て、早足で歩く。無性に気持ちが悪かった。
多くの人々がいる街中で走るのもおかしく、だが、気持ちが急いてどんどんスピードが早くなる。
立ち止まるのが怖くて、信号のない道を選んでがむしゃらに歩く。すれ違った人が驚いたような顔を陽毬に向けた。
どうやら、よほどせっぱ詰まった顔をしているらしい。
だが、今の陽毬には表情を取り繕う余裕などなかった。
頭の中が沸騰したようにぐるぐると考えが回る。
あの少女たちは、冠葉のことが好きなのだ。
彼女たちの瞳から、彼を手に入れたいというぎらぎらした欲望があふれ出ていた。
どうしてあんな風に必死になれるのだろう。陽毬にはわからなかった。
さっきまでのどかに晴れ渡っていたはずの午後の空が、いつの間にか不穏な色をしていた。ぽつりとしずくが頬にかかる。
着ているものや持ち物からして、人並み以上の家で育ったのであろうとわかる少女たちだった。きっと親からも慈しまれ、友達に囲まれて楽しい毎日を送っているに違いない。
どうしてだろう。
陽毬が大切に抱えている光は、ささやかでほのかなものだ。
それよりも、きっと綺麗で大きな光を既に彼女たちは手にしているのに、なぜまだ手を伸ばすのだろう。
傷つくことを厭わず、汚れることも気にせず、なぜ欲しがることができるのだろう。
音を立ててしずくが降り注ぐ。あっという間に本格的に降り始めた雨は、陽毬に容赦なく降り注ぐ。
通行人が慌てたように走っていき、すれ違いざまにぼうっと立っているだけの陽毬をまた、不思議なものを見る目で見ていく。
とぼとぼと濡れながら歩いていると、カツン、という威圧感のある靴音が耳に響いた。
思わずびくりとして顔をあげる。
目の前に、夏芽真砂子が雑誌の中のように完璧な姿で立っていた。後ろには傘を捧げ持つメイドの女もいた。
「わたくしは、あなたのそういうところが嫌いよ」
凛として言い放つ真砂子は美しかった。
「あなたはテーブルにおいしい料理があがるのを待っているだけ。湯気をたてるハンバーグやロールキャベツを見ておいしそうと歓声をあげるのに、食用の牛や豚が肉になるために連れて行かれるのを見て可哀想に、なんてつぶやくのよ」
真砂子が一歩踏み出す。それに合わせてメイドも前に出ようとしたが、真砂子は視線でそれを止めた。
真砂子は降りしきる雨をものともせずに陽毬に近づくと、彼女の手をとった。
「あなたは、求めることをしない。それは傷つきたくないからよ。汚れたくないから。自分の醜い姿を見たくないからよ。そうやって、自分だけは美しいと思っている。美しいままでいられると思っている」
「……やめて」
陽毬は目をそらした。だが、真砂子はそれを許さない。陽毬の手を乱暴に握りしめる。
「そうやっていつまでも、きれいなだけでいられると思っているの?」
やめて、とそうもう一度叫ぼうとしたときに、陽毬は強く引っ張られ、真砂子の手が離れた。
驚いて傍らを見ると、冠葉が息荒く立っていた。
「真砂子。余計なことをするな。陽毬はお前とは関係ないだろう」
「冠葉に関係することなら十分関係あるわ」
真砂子はそう言って濡れたのにきれいに曲線を描いている長い髪を、優雅にかきあげた。
「わたくしは、見ていられないのよ、冠葉。この子は、自分から手を伸ばさない。傷つくことも汚れることもしない。自分の醜い姿を鏡に映す勇気のない、ただの小娘よ。そんな女にあなたを渡すわけにはいかないわ」
「うるさい」
陽毬はどうしたらいいのかわからず、ふたりの顔を交互に見る。雨が激しさを増すのと同じペースで、二人の口論も高ぶっていくようだった。
冠葉が整ったまなじりをきつくあげながら叫んだ。
「俺は陽毬が好きなんだ」
「冠ちゃん」
突然の告白に驚く暇もなく、冠葉が言葉を続けた。
「陽毬が傷つく必要も、汚れる必要もない。どうしてもそれが必要だっていうなら、俺が全部引き受ける!だから、もう」
放っておいてくれ、冠葉の叫びが響くのと同時に、陽毬の背筋がざあっと凍った。
わけもわからず、冠葉の腕をつかむ。
それはだめだ。それでは同じだ。絶対にだめだ。
「だめ!」
わけがわからなかったが、とにかくだめだ、というその思いに突き動かされて、陽毬は自分でも今まで出したことのない大きな声を出してわめき続けた。
意味をなさない怒鳴り声に、真砂子と冠葉が目を見開いた。
陽毬は自分でも何を叫んでいるのかわからないまま、ただ、だめ、だめだよと繰り返した。
だんだんと真砂子と、冠葉の顔まで怪訝なものになってくる。
陽毬は自分がいつのまにか泣きじゃくっていることに気が付き、慌てて目元を抑えた。
心臓の音がうるさい。自分が興奮しているらしいということはわかったが、コントロールできそうにもなかった。
「陽毬?」
不安そうに、心配そうに手を伸ばしてくる冠葉が目に入った。
陽毬は急激にそうしなければならない衝動にかられて、その伸ばされた手を大げさに振り払って拒んだ。
冠葉がショックを受けた顔をしているのがわかった。
「私には」
自分でも聞いたことのない、激情にまみれた声だった。
「私には、胸の中に大事な光があるの。それがあれば生きていけるの。それ以上なんて望まない!」
思い切り叫んで言い切った後、冠葉の瞳をまっすぐに見つめた。
その瞳の中に映った自分が、髪を振り乱し目は血走っていて、ちっとも美しくはなくてぎくりとする。
だが、次の瞬間、そんなことは吹き飛んだ。
冠葉の瞳に、悲しみが浮かんだ。決して陽毬の前ではマイナスの感情を見せなかった、冠葉の顔がゆがんだのだ。
あ、と陽毬は思う。
冠ちゃんは、今の私の言葉で傷ついた。そのことがわかり、陽毬の胸にも痛みが走る。
耐え切れず、踵を返して駆け出そうとした。
「逃げるの?」
鋭く真砂子が言った。思わずすれ違いざまに一瞬彼女の顔を見てしまった。それは、いつも見せていた厳しい表情ではなかった。
冠葉によく似た悲しい感情を浮かべていた。
陽毬は頭の中がぐちゃぐちゃになったまま、走るしかなかった。


冠葉はもちろん、真砂子も陽毬の前に現れなくなって十日が経った。
あの日、家に逃げ帰った陽毬は、少女のように一日中泣いた。自分が何に対して泣いているのか、怒っているのか悲しいのかただ混乱しているのかもわからないまま、ただ泣きじゃくった。
頭が少し冷えたあとも、気持ちに整理はまったくつかず、最初の一日二日は冠葉が会いに来たらどうしたらいいのかと戦々恐々としていた。
数日がたち、もう彼は自分の前に現れる気がないのかもしれないということに思い当たったとき、陽毬の胸に浮かんだのは安堵だった。
そうだ、これでいいのだ、と思った。
こうやって、何にも心を動かさず、何も望まず、ただ自分の持っている光を大切にしていれば日々は穏やかに過ぎていく。
だからこれでいいのだ。
自分に言い聞かせるようにしながら、日常を過ごしていると、荻野目苹果から話がしたいので、ごはんを食べようというメールが来た。
苹果は奇妙な事件で知り合った、少女のころからの親しい友人だ。苹果に会えば気も晴れるだろうとオーケーの返事を送る。
すると、メールの返事を返して数分後、苹果から電話が来た。
「苹果ちゃん?」
「あ、陽毬ちゃん、メールありがとう!実はね、陽毬ちゃんに会わせたい人がいるんだけど同席してもいいかなあ」
その一言でぴんと来た。
「図書館の彼?」
「う、うん」
「そうか、ようやく紹介してもらえるんだね」
苹果はいつも、図書館で知り合ったという男の子の話を出していた。話を聞いていると、彼女が彼のことを好きなのは明白だったし、おそらく彼も苹果のことを思っているのだろうということは察せられた。
紹介してもらえるということは、どうやらやっと思いが通じ合ったらしい。
「いいよ。もちろん!苹果ちゃんにふさわしい人かどうかしっかりチェックするよ」
苹果の笑う声が聞こえる。その朗らかな声に陽毬のささくれ立った気持ちも少しやわらいだ。
当日の待ち合わせ場所は、雑誌で話題のイタリアンレストランだった。
仕事が終わるのが遅れて、時間より少し遅くなってしまった。店に入り、先客がいると思うのですが、と店員に告げると、奥のテーブルに案内される。
「陽毬ちゃん、ありがとう!」
テーブルにいたのは、仕事帰りらしい苹果だった。
どちらかといえば地味な色のスーツと、白いシャツを着ているだけなのに、苹果はとてもきらきらとして見えた。
ああ、恋をしているんだなと陽毬は思う。
恋をすると女の子が綺麗になるというのは、決して迷信ではないと陽毬は思う。普段から生き生きとして可愛らしい苹果だが、今日はより一層綺麗に見えた。
陽毬はにやにやとしながら苹果に尋ねた。
「彼氏はまだなの?」
「か……!彼氏って、そんな。年離れているのに」
苹果がその名前があらわすように真っ赤になってぼそぼそという。そういえば、図書館の彼はまだ高校生なのだった、と思っていると、苹果があ、と声をあげた。
「あのね、もう一人来るの」
「え?」
「ごめんね、さっき連絡があってね。いつもふらふらしているお兄さんが今日は捕まえられたって。それで少し遅れちゃうけど、会わせたいから連れて行くって……あ、来た」
ドアが開く音といらっしゃいませ、という店員の声が響いた。陽毬が後ろを見ると、そこには青い髪の少年が立っていた。
「……?」
陽毬がその少年の姿に奇妙な既視感を覚えていると、青い髪の背後から赤い色の髪がのぞいた。
陽毬は逃げ出そうかと思った。
そこには、冠葉が緑色の瞳を見開いて立っていたのだ。



冠葉はすぐに驚きから回復し、陽毬とはまるで初対面を装いつつよくしゃべった。
すこし値段の高めなレストランに緊張気味の青い髪の晶馬に対し、物おじせずに苹果に話しかける。
食事をしながら、初対面の年上の苹果に対しても通じるような最近あったことや話題の店のことを会話として選びながら、必ず笑いが起こるようにしていく。
ちょっと冠葉が調子にのったことを言うと、晶馬が少し冷たくぼそりと突っ込む。それに苹果と陽毬は笑い、会話がスムーズに進んでいく。
陽毬は苹果のことを考えて笑いながらも、冠ちゃんは年上の女性の相手もやはり慣れているのだな、と思い、暗澹とした気持ちになった。そんな自分に嫌気がさす。
わかっていた。
どんなにこのままがいいと思っていても、もう私は冠ちゃんのことを好きになってしまっているのだ。
そんなことは、たぶん、出会ったときからわかっていたのだ。
最後に出てきたデザートを食べ終わったとき、冠葉が徐に言った。
「晶馬が会わせたい人がいるって言ったときには、ぼうっとしてるやつだからどんな人を選んだんだろうと心配だったんだけど、無用だったな」
「よく言うよ、僕は冠葉のほうが心配だけどね」
晶馬の言葉はまるっきり無視して、冠葉は言葉を重ねる。
「荻野目さんさ」
「なあに、冠葉くん?」
「俺が荻野目さんと晶馬が付き合うの、反対だっていったらどうするの?」
「え」
四人が全員黙り込んだ。ふいに我に返った晶馬がなんだよそれ、関係ないだろと喚きだす。
「あきらめないよ」
苹果がふふふ、と花が開くように笑った。
「だって私は運命を信じているから」
「その運命が、晶馬とうまくいかない運命だったら?」
「運命を変えてみせる。何度だって手を伸ばすわ」
そうきっぱりと言える、苹果が眩しかった。陽まりは思わず目をそらしてしまう。
「そっか」
冠葉がふわりと苹果に笑いかけた。
その瞬間、陽毬の目は冠葉にくぎ付けになった。
そんな冠葉の笑顔は一度も見たことがなかった。いたずらっぽい顔や、こちらをからかう顔はいつも見せていたのに。
陽毬は血が沸騰するような感情に襲われた。
冠ちゃん。
心の中で必死に名前を呼ぶ。こちらを見てほしかった。私だけを目に映してほしかった。
ほらやっぱり。
心の中でもう一人の自分がつぶやく。
傷つきたくない、汚れたくないと思っていても、欲望だけはあの彼女たちと同じなのだ。
食事は終わりとなり、冠葉が「荻野目さんを送って行けよ」と晶馬にささやく。
「でも、陽毬さんは……」
晶馬が陽毬に視線を向ける。陽毬はなんだかくすぐったくて、「陽毬でいいよ」と言う。
「私は一人で」
「俺が送っていくよ」
陽毬を遮る冠葉の言葉に陽毬は思わず彼を見る。
晶馬がそっちのほうが心配なんだけど、と言うが、このままで話がまとまらないだろう。
苹果と晶馬は二人で帰らせてあげたほうがいいだろうし、と陽毬はうなずくしかなかった。
苹果たちと別れたところで、ぽつりと冠葉がつぶやいた。
「今日は、ごめん」
何に対して謝られたのかわからず、彼の顔を見つめる。
「もう俺に会いたくなんてなかったろ。今日は本当に偶然で……晶馬の彼女の友達として、陽毬が来るなんて思わなかったんだ」
偶然。
きっとそれを、苹果なら運命と呼ぶのだろう。
送るよ、と言われて陽毬は無言でついていくしかなかった。
本当は会いたかった。
前を歩く冠葉の背中を見つめる。
本当は会いたかったよ、冠ちゃん。
そう言えば、それだけで陽毬と冠葉の関係は変わる。
けれどもどうしても、口は開かなかった。
無言のまま、地下鉄に乗り、ただただ歩く。
短いような長いような時間が過ぎ、いつのまにか陽毬の家の前に立っていた。
「じゃあ」
そう言って冠葉が去っていこうと背中を向けるのがわかった。
ここで止めなければ、もう冠葉と会うことはないだろう。
ふと気づくと、冠葉がこちらを振り向いていた。
陽毬ははっと顔をあげる。
冠葉の服の裾を、陽毬の指先がつかんでいた。
「ひまり」
冠葉が信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
陽毬も自分を信じられなかった。
「私は」
やっと、口が開いた。ぎゅっと、さらに裾を握りしめる。
「私は……」
少しだけ。ほんの、少しだけ。
偶然を、運命だと信じてみる。
私は、真砂子のように美しくない。苹果のように強くもない。
まだほんの少しの勇気しかでない。ほんの少ししか、ほしがることもできない。
それでも、会いたかったのだ。また会いたいのだ。
陽毬は顔を上げた。恐ろしくて、今日一日正面から見つめられなかった冠葉の顔を見つめる。
冠葉は微笑んでいた。
初めてサンタにプレゼントをもらった子どものような笑顔だった。
その笑顔に、陽毬は胸に光が灯るのを確かに感じた。

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