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ノスタルジア

「輪るピングドラム」の二次創作小説ブログサイトです。 公式の会社・団体様とは無関係です。

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君にお話を

晶馬と苹果。行かないで。

出会いは運命だったと思う。





木漏れ日があたたかい日、陽気とは裏腹に苹果は少し沈んだ気持ちで歩いていた。
常よりも重い鞄の中には先週借りた本が入っている。返却に行くため、図書館へと向かっているところだった。
苹果は普段、あまり本を読まない。読書は嫌いとまではいかないが、読むのは友達と休み時間に囲んで見る雑誌くらいだ。読書感想文を書けといわれ、なんとか仕上げはしたが、自分でも到底納得できないものしかでき上がらなかった。
だが、苹果が憂鬱なのには他に大きな理由があった。
数週間前、苹果は地下鉄の中で、女の子と二人で倒れているところを発見された。
原因は不明で、苹果ともう一人の少女、陽毬も前後の記憶は曖昧だ。
苹果の身体には手首を中心に火傷の痕とが残り、陽毬の額には傷跡がついていた。だが、それが何によるものかもわからない。
不可解なことだらけで、事件以来、少し塞ぎこみがちだということを、苹果は自覚していた。
そのときに知り合った陽毬とはとても気が合い仲良くなった。彼女といるときはこんな風に気持ちが落ち込むこともない。
だが、一人でいるときや他の友達といるとき、家族といるときでさえ、ふいにたまらない気持ちになるのだ。
「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると、銀河は大体何でしょう」
そのとき、高い声がすっと耳の中に入ってきた。
苹果の周りには、若木が風に揺れる音、通行人の話し声、乗用車が通り過ぎる音、いろいろな音が溢れていたのに、その声だけがすっと浮き上がるように聞こえてきたのだ。
何の気なしにそちらを見やる。
図書館の前にある庭、植え込みの中に置いてあるベンチに小学生くらいの少年が腰かけ、膝の上に置いた本を読んでいた。
緑の瞳の、癖っ毛の男の子だった。彼は誰に聞かせるわけでもなく、朗読を続けていた。
「ジョバンニは真っ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙がいっぱいになりました」
苹果は立ち止まったままなんとなく動けなくなった。
子どもらしい、舌ったらずな口調だが、抑揚の付け方が上手だ。
突っ立っているのも変かと思ったが、続きが気になり耳を傾けてしまう。
「まもなくみんなはきちんと立って礼をすると教室を出ました」
きりのいいところまで読み上げたのか、少年がふうと息をついた。そしてちらりと苹果に目をやる。
途端、男の子の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。
誰もいないと思って朗読をしていたのを聞かれて恥ずかしくなったのだろう。
苹果は気の毒に思いながらも微笑ましくなり、にっこりと笑いかけた。
「読むのが上手で、思わず聞い入っちゃったわ。ごめんね?」
「……いえ」
少年は本で顔を隠すようにしながら返事をした。大きな瞳だけがこちらを見ている。
苹果はベンチに近づいていくと、彼の本の表紙をのぞきこんだ。
「あなた、何年生?もうこんな本が読めるの?すごいのね」
「ふりがながふってあるよ。それに本は好きなんだ」
少年ははにかむように笑った。確かに、グラウンドでサッカーや野球をして走り回っているよりも、教室で大人しく本を読んでいそうなタイプだ。
「ふうん。どうして読みあげてたの?とっても上手ね」
「今度朗読会があるんだ。僕、クラスの代表にされちゃって。一章だけを読むんだ」
「へえ、すごいじゃない!」
苹果は言葉を交わしながら、いつのまにかベンチに腰かけていた。
少年が困ったように眉尻を下げた。
「うーん、すごいっていうより押し付けられた感じで……」
「押し付けられたのに、きちんと練習してるのね。もっとすごいわ」
「そんなこと……」
少年は褒められることに慣れていないのか、耳まで赤くして俯いてしまった。
苹果は少年の服を引っ張ると「ねえねえ」と声をかけた。
「もう一回、練習してみてよ。聞きたいわ」
「え!でも」
「だって本番は大勢の前で朗読するんでしょう?じゃあ人前で練習したほうがいいじゃない」
「ええ……」
少年は恥ずかしいのか、渋っていたが、やがて一理あると思ったのかもう一度本に向き合った。
「ではみなさんは、そういうふうに川だといわれたり、乳の流れたあとだといわれたりしていたこのぼんやりと白いものが本当は何かご承知ですか」
一文を読むと、少年はちらりと苹果を見た。
「……どう?」
「それ、先生の台詞なんでしょう?もう少し優しい感じで読んだらいいんじゃないかしら」
「そっか」
少年は再び読み始める。苹果の考えの中からは、鞄にある返却しなければならない本のことも少し沈んだ気持ちもすっかり消えていた。





数日後、結局返却しそびれてしまった本を再び持って図書館を訪れた苹果は、驚きに目を見開いた。
先日と同じベンチで、少年が足をぶらぶらとしながら苹果を待っていたのだ。
「あ。お姉さん、こんにちは」
「こんにちは。また会ったわね」
「うん。お姉さんを待ってたんだ」
少年はベンチから立ちあがると、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう。お姉さんのおかげですごくうまくいったよ」
「本当に?」
「クラスの子たちがすごく驚いてた。僕のこと見直したって言ってくれたんだよ」
少年はきらきらとした目で苹果を見た。苹果は自分も嬉しくなり、よかったわと返す。
「だからお礼にこれをどうぞ」
少年は鞄から袋を取り出した。そこにはぴかぴかに磨かれたりんごがひとつ入っていた。
苹果はきょとんとしながら、「私、あなたに自分の名前言ったっけ?」と尋ねた。
少年はどうしてそんなことを聞かれるのかわからないという顔をする。
「私の名前。りんごって言うのよ」
苹果がりんごを指差しながら言うと、少年がええっと声を上げた。
「偶然だよ。お礼に何がいいか考えたときに、僕が読んでいた本で出てくる重要なものがりんごだから……」
「ああ、そうだったの。有名だけれど、私あのお話知らないの。というか、あのお話を書いた人の本は、ほとんど読んだことがないの」
「ええ。どうして?」
「ほら、二人の猟師だったかしら、山の中のレストランに行く話があるでしょう。小さい頃、あれがものすごく怖かったの。それから避けて通るようになっちゃって」
「そっか」
少年は少ししょんぼりしてしまう。喜んでもらえると用意してくれたのだろう、と思って苹果は焦って包みを受け取った。
「でも、ありがとう。今度ちゃんと、あの本を読むわ」
言いながら、苹果は良い考えを思いついた。
「そうだ、あなたに読んでもらえばいいのよ!この間みたく、今度は一章だけじゃなくて全部読んでみせて」
「えっ」
苹果の言葉に、少年がぶんぶんと首をふる。
「後半は言葉もむずかしいし、僕にはまだ無理だよ。言葉の意味がわからないところもあるし」
「読みあげるだけならできるでしょう?」
「ええー、だって、読むほうが言葉の意味がわかってないと意味ないじゃん」
少年が頬をふくらませる。どうやら、最初は嫌がっていたわりにこだわりがあるらしい。
苹果はうーん、と腕を組むと唸った。
「わかったわ。あなたが大きくなって、言葉の意味もわかるようになったら、読んで聞かせてよ」
「……いいよ」
少年がはにかんだように笑った。苹果は思わず微笑み、少年の名前を聞こうと口を開いた。





「晶馬くん!」
「荻野目さん」
ベンチに座った少年は、柔らかく微笑んだ。
出会った頃よりも体躯がすらりと伸びて、真新しい中学校の制服を着ている。
初めて会ったときからかなりの時間がたったが、休日のたびに図書館で会う習慣がずっと続いていた。
苹果が図書館を訪れると、たいていベンチか図書館内のソファで晶馬が待っている。
特に何をするわけでもなく、二人で雑談を交わすだけだが、苹果はとても楽しみにしていた。
苹果はベンチに腰掛けようとして、晶馬の手の中の文庫本を見やった。
「あ、懐かしいわね、それ」
「でしょう。読書感想文の課題図書になったんだ」
「そういえば、まだ聞かせてくれないの?あの約束」
「うーん、まだだめ。言葉はもうわかるけど」
「けど?」
「……いいだろ、もう!」
「ええ、なんのなのよ、もう。私、ずっとこのお話読まないでいるのに」
「いいから、もうちょっと待って」
晶馬は言いながらぱらぱらと文庫本をめくるとくすりと笑った。
「今だから言うけど……最初は荻野目さんのこと、変な人だなって思ってんだ」
「ええー」
「だって、小学生なんて知らない人に会ったら変な人だと思えって一番言われる時期だよ。家に帰って女子高生に話しかけられたって言ったら、兄貴がそれショタコンって言うんだぜって言うし」
「ショタ……お兄さん、本当にいじわるよね」
「図書館に行くたびに会うようになったって言ったら、それストーカーって言うんだぜって言うし」
「失礼しちゃう!」
苹果が頬をふくらませる。だが、晶馬と出会って以来、晶馬が来るような時間帯を狙って図書館に通うようになったのは事実なので、他には何も言い返さないことにした。
晶馬は怒る苹果を見つめながら、声をあげて笑った。
「でも、最初、待ってたのは僕だし。その後も、いつも荻野目さんが来るのを待ってた」
「え!」
苹果は晶馬の言葉に嬉しくなって勢いよく振り向いてしまう。晶馬はどこか遠くを見ながら呟いた。
「随分待たせちゃったから。今度は僕が待たないといけないなって思ったんだ」
苹果はきょとんとした。
その言葉の真意を考えているうちに、晶馬が夢を見るような表情から、はっと普段の雰囲気に戻る。
そして首を傾げた。
「ん?なんだろう今の。ごめん、よくわからないこと言っちゃった。なんかそんな気がしたんだけど」
「そう?」
苹架はあまり深い意味のある言葉ではなかったのだろうと気にしないことにした。





苹果は速足になりながら図書館への道を歩いていた。
仕事で重要なポストを任せられるようになった最近では、休日も時間がとられることが増えていた。
「もうこんな大事な日に……!」
そう思いながら、携帯でメールを確認する。
『今度の日曜日、図書館で読み聞かせをするんだ。荻野目さんにも聞きに来てほしい』
その内容を一瞥し、苹果は少し小走りになる。
いつのまにやら図書館の常連になっていた苹果と晶馬は、図書館の司書とも仲良くなった。晶馬の朗読のうまさが司書の目にとまり、今では時間があるときに近所からやってくる小学生たち相手に読み聞かせをすることが多くなっている。
晶馬くんがメールでわざわざ聞きに来てほしいっていうことは、今日の読み聞かせはきっとあの本だ。
やっと図書館が見えてきて、苹果は息を整えて、自動ドアが開くのを待った。
中に入ると古い本の匂いと、心地よい静寂に包まれる。
そんな中、人だかりができている場所があった。
「ジョバンニはなんだかわけもわからずににわかにとなりの鳥取りが気の毒でたまらなくなりました」
声変わりしてもそんなに変わらなかった高いテノールが聞こえてくる。
黒の高校の制服に身を包んだ晶馬が子どもたちに囲まれていた。
子どもたちは一言も聞き洩らすまいと夢中で晶馬の声を聞いている。
美しい挿絵を広げながら、晶馬は歌うように滑らかに言葉を紡ぐ。
「もうこの人のほんとうの幸になるなら自分があの光る天の川の河原に立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいような気がして、どうしてももう黙っていられなくなりました」
久しぶりに読み聞かせをしているところを見たが、人を引き込ませるのが相変わらずうまい。
苹果は最後列に座った。
ちらりと晶馬がこちらに視線を送り、苹果にだけわかるように微笑む。苹果も笑みを返した。
物語が進んでいく。二人の少年は鉄道に乗って旅をし、いろいろな人が乗り込んでくる。
やがて二人は青年からりんごをもらう。ここで出てくるのね、と苹果が思っていると、晶馬がこちらに視線を送ってきて、嬉しくなった。
「あれは何の火だろう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。ジョバンニがいいました。蠍の火だな。カムパネルラがまた地図と首っ引きして答えました」
だが、そう晶馬が読みあげたとき、嬉しい気分が吹っ飛び、苹果は胸がざわりとするのを感じた。
手首の火傷がうずく気がして、思わずもう片方の手でにぎりしめる。
この火傷は見た目こそひどいが、不思議と痛んだことはなかった。だから気のせいに違いないのだが、そうせずにはいられなかった。
どうしたんだろう、私。
さっきまで晶馬の朗読を楽しんでいたのに、どうしてこんなに急に不安に襲われているんだろう。
そう考えている間にも、話は進んでいく。乗客たちが別れを告げて降りて行ってしまい、少年たちは二人きりになった。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう」
晶馬が優しく語りかける。女の子たちが鼻をすする音が聞こえてきた。
「僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に行こう」
不安がどんどんふくらんでいく。
私、どうしたの?何が不安なんだろう?
やっと晶馬くんが約束を果たしてくれているのに。
ああ、火傷の痕が熱い。全身が燃えるようだ。ぎゅっと手首をさらに強く握る。
「ああきっと行こう」
晶馬が穏やかに微笑んでいる。
やめて。そんな、もう全て決めてしまったように微笑まないで。
「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ」
――ありがとう。
ふいに耳元で今の晶馬の声と、いつかの晶馬の声が重なって聞こえた気がした。
行かないで!お願い、置いていかないで!
喉の奥で、熱いかたまりが暴れまわる。叫び出しそうな気持ちを必死で抑えた。
「お姉さん、だいじょうぶ?」
ふいに小さな女の子の声がした。
みんなが一斉に苹果を見やった。晶馬もこちらを真っ直ぐ見て、ぎょっとした顔をする。
「え……」
苹果はどうして自分がそんなに注目を集めているのかわからずに戸惑った。だが、すぐに頬を涙がぼろぼろと伝っているのに気がつく。
「え、あれ、どうしたんだろう……っ」
必死で止めようとしても、余計に涙は止まらない。ついには子どものようにしゃくりあげてしまう。
晶馬が慌てて立ちあがる気配がした。
苹果はまだ読み聞かせが途中なのに、と思ってぶんぶんと手を振る。
「ご、ごめんなさい。いいの、大丈夫。ごめ……」
自分にかまわず続けてもらおうと思って、苹果は逃げるように立ちあがった。少し外に出て休めばきっと大丈夫だ。
立ち去る苹果の後ろから「晶ちゃん、追いかけなよ」「続きはあとででいいから」という子どもたちの声が聞こえてくる。
「荻野目さん、待って!」
晶馬が図書館にあるまじき声を出して苹果の腕をつかむ。
そのままくるりと身体を反転させられ、気づけばきつく抱きしめられていた。
「しょう、まくん」
「待って。このお話を荻野目さんに読んだあと、言おうと思っていたことがあるんだ」
晶馬の腕が力を込めて苹果の身体を包み込む。
ああ、私、この腕を知っている。
「い、行かないで」
勝手に言葉が口をついていた。
「行かないで!置いていかないで!……お願い、行かないでえっ」
自分でも何をいっているのかわからない。でも、涙があふれて止まらなかった。
晶馬が腕にさらに力をこめた。
「うん。どこにも行かない。もう待たせない」
「晶馬くん」
「荻野目さんが好きなんだ。小さい頃からずっと、たぶん、声をかけてくれたときからずっと。ううん、きっともっと前から」
さっきとは別の涙が流れる。
「……私も」
きっと生まれる前から待っていた。
わあっと子どもたちの歓声がした。
はっと晶馬と苹果は我に帰り、身体を離す。
「よかったね、晶ちゃん」
「告白しないの?ってみんなで聞いてもいつもまだ早いとかもう少しとか言ってさー」
子どもたちがきゃっきゃっと騒ぐのを、晶馬が真っ赤な顔でやめてくれえ!と叫ぶ。
「……まだ早いって?」
苹果が尋ねると、晶馬が赤い顔のまま言った。
「だって、小学生のときに告白したって相手にされないと思ったんだ。だから約束を果たしたら告白しようって決めてた。でもあの本をきちんと読めるようになったらなったで、荻野目さん、仕事も始めてどんどん綺麗になっちゃうし言いにくくて……。せめて身長が荻野目さんを超えるまではとか考えてて」
「その後もね、高校生になるまではとか」
「この間なんて、十八になってからにしようかなとか言い出してさ」
「うわあああ、もう言ったからいいじゃないか!」
晶馬が子どもたちを必死で止める。苹果はくすくすと笑うと、「ね、続きを聞かせて」と晶馬に言った。
晶馬は心配そうな顔で苹果を見る。
「でも……大丈夫?」
苹果は涙を拭いて微笑んだ。
「大丈夫。もう、晶馬くんがどこにも行かないってわかったから」
私の隣で、お話を聞かせてね、ずっとずっと。
耳元で苹果が囁くと、晶馬は昔のように口もとを本で隠してしまった。

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