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ロールキャベツ協定

晶馬。ロールキャベツを作ろう。

晶ちゃんがロールキャベツ作るときって、たいてい誰かと仲直りしたいときなんだよね。まあ、今まで喧嘩相手と言ったら、冠ちゃんしかいなかったんだけど。
苹果の家に向かうため、地下鉄に揺られながら、陽毬が言った言葉を晶馬は反芻する。
「ねえ陽毬」
「なあに晶ちゃん」
「僕、そんなに冠葉と喧嘩したときにロールキャベツ作ってたかなあ」
自分がロールキャベツを作るときは、冠葉と仲直りしたいとき。
先程そう陽毬に指摘されて、今までの自分を振り返ってみて初めて、確かにと自覚した。
今まで気が付いていなかったのが嘘のようにあてはまるのに、ちっとも考えたことがなかったのだ。
「冠ちゃんの好物だから、喧嘩していないときにも作ってたよ。でも、喧嘩とまではいかなくても気まずい空気になったときにもあったと思うよ?」
「そっかあ」
相槌を打ちながら、初めてロールキャベツを作ったときのことを思い浮かべてみようとする。
両親がいなくなったあと、警察や外からかかってくる電話、マスコミの対応は冠葉が担っていた。と言っても、俺たちは何も知らない、帰ってくれ、と怒鳴るばかりだったのだが。
それでも、両親がいなくなったことに愕然とするばかりの晶馬と陽毬には頼もしく見えたのだ。
では自分は何をしたら良いか考えた時に、冠葉よりも晶馬が得意なものが家事だった。面倒だと言って母の手伝いから逃げ回るのがうまい冠葉に比べ、晶馬は要領が悪く、結局手伝っていることが多かったのだ。
冠葉が父親的な役割を担うのなら、自分は母親的な役割をしようと、そこまで明確にとはいかないものの、ぼんやりと自覚していたと思う。
それでも、最初からすべてうまくできたわけではない。
洗濯機から洗濯物を出して干したことはあっても、洗濯物を分けて、スイッチを押して洗剤を入れたことはなかった。
できあがっている味噌汁を温めてタイマーで炊きあがるごはんをよそうことはあっても、味噌はどう溶かすのかもどれだけ米に水を入れればよいのかも知らなかった。
最初は失敗ばかりだったが、冠葉も陽毬も何も言わず全部食べてくれた。
手の凝らないものであれば作れるようになったある日、些細なことで冠葉と喧嘩をしたのだ。
原因はもう忘れてしまった。
幼い頃から冠葉と喧嘩などいくらでもしてきたし、そのひとつひとつの原因も覚えてなどいない。そして、次の日の朝か、早ければその日の夕食の席ではもう普通に口をきいていた。兄弟なんてそんなものだ。
だが、そのときは違った。
おそらくは、二人とも疲れていたのだと思う。
突然放り出された異常な事態。子どもたちだけの慣れない生活。外からさらされる無責任な悪意。
その全てが、精神を摩耗させていた。
喧嘩した当日は二人してむっつりと黙りこみ、陽毬がはらはらと見守っていたのを覚えている。
そうして次の日になっても、冠葉が自分を無視したことにカチンと来た。
意図して無視したのではなく、やはり疲れていただけかもしれない。
自然、晶馬の態度は頑なになり、つられて冠葉も無視を続けた。
今でこそ、こういうときは陽毬が仲裁に入るが、当時その役目は母のものだった。そして母は既にいない。幼い陽毬はまだどうしていいかわからず目に涙をいっぱいに溜めるだけだった。
冠葉は切れ長の瞳をさらにきりりと上げて押し黙るばかりだ。
どうしたら仲直りができるのかわからず、晶馬は途方に暮れた。
とりあえず、冠葉の機嫌をとろう。
そこで晶馬は、ロールキャベツを作ろう、と思ったのだ。
ロールキャベツは冠葉の好物だ。具材にキャベツを巻くのであれば、手伝ったことがある。
でも、お肉は何を買えばいいんだろうか。
晶馬は本屋に行って調べ、本に書いてあった通りの分量の材料を買ってきた。
ただ、それは大人四人分の分量だったのだ。
家に帰り、陽毬に手伝ってもらってせっせとキャベツを巻いていると、冠葉が帰ってきた。
そしてこんもりともられたゆでる前のロールキャベツの山を見て「誰が食べるんだよ!」と大笑いした。
「冠葉好きだろう。全部食べていいよ」
するりと言葉が出てきた。言ったあとに、冠葉の反応が怖くて心臓がばくばくと音をたてた。
「そうだよ、冠ちゃん。全部冠ちゃんのものだよ。嬉しいでしょ」
「俺はこんなに食べられないよ」
陽毬がここぞとばかりに明るい声で言うと、冠葉がまだ笑いながら言葉を返した。そのことに晶馬はほっとする。
「別にいいだろ。今日食べきれなかった分は明日。明日食べきれなかった分は明後日食べれば」
久しぶりに冠葉の目を見ながら言うと、自分と同じ緑色の瞳が細められた。
「……そうだな。明日も明後日も、その先も」
「そうだよ。僕たち家族で一緒にごはんを食べるんだから」
晶馬の言葉に冠葉がうなずいた。そのことにとてつもなくほっとしたのだ。
隣の陽毬が、ああ、と声をあげた。
「思い出したよ。ほら、晶ちゃんが冠ちゃんの録画してた番組を間違って消しちゃったとき、あのとき、晩ごはんがロールキャベツだったよ」
「そんなことあったっけ……」
「あと、冠ちゃんが晶ちゃんの楽しみにしてたプリンを食べちゃって大喧嘩になったときとか、次の日ロールキャベツだった」
「いつの話だよー。中二のときだっけ?」
最近は口論をしても陽毬が介入してくると水に流すようになった。
端的にいえば、二人とも大人になったのだろう。
だが、数年前はまだ、それが難しかった。
仲直りするのに合図のようなものが必要だった。
もうあのときにはわかっていたのだろう。
自分たちにはもうお互いしか世界に味方がいないことを。
どちらかがいなくなれば、ただひとりで世界をすべて敵に回して、陽毬を守るために立ち向かわなければならない。そうしてひとりぼっちになってしまうことを。
だから、いずれ仲直りをしなくてはいけないのは規定事項だったのだ。
ただ、やはりまだ子どもで、これで喧嘩はおしまい、という合図が必要だったのだ。
晶馬が悪いときにはロールキャベツを夕飯に出す。
冠葉が悪いときには「ロールキャベツが食べたい」と晶馬に言う。
どちらが悪いともいえないときには、陽毬がロールキャベツを食べたいと言ったり、食事当番のときに作ることもあった。
「どっちにしろ作るのは僕だから、なーんか損してる気はするんだけど」
「もう。晶ちゃんたら」
陽毬が咎めるように口をとがらす。うそうそ、と言いながら、今度は特に理由がなくてもロールキャベツを作ってあげようかな、と考える。
最近帰りが遅い冠葉も、夕飯がロールキャベツと聞けばきっと早く帰ってくるだろう。

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