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ノスタルジア

「輪るピングドラム」の二次創作小説ブログサイトです。 公式の会社・団体様とは無関係です。

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潮騒

陽毬。運命みたいで。

陽毬は歩いていた。
砂の上を歩くのは幼児の足には至難の業だ。少しも進んでいないのに、砂に足を取られて一歩一歩がとても重い。加えてサンダルの中に入り込んだ砂が足裏にあたって痛かった。最初はいちいち砂を取り除いていたのだが、結局歩き出せばたいしていかないうちに砂がまた入り込む。あきらめて足を動かすことに専念する。
目の前には果てしなく広がる渚。身体の横にはどこまでも続く地平線の上に、夕日が乗っていた。今にも沈みそうなほど赤く鮮やかに光を放っている。
とても印象的な光景だったが、その美しさに感動している余裕は陽毬にはなかった。
それよりも、夕日が引き連れている夜の予感のほうが怖かった。日の上の空は薄い紫色だ。その色が濃くなるときのことを考えるととてつもない心細さに襲われた。
油断するとしゃくりあげそうだった。必死に呑み込もうときゅっと口元を引き結ぶ。
早く、早く。夕日が沈むまでにおうちに帰ると言われた。このままでは置いて行かれてしまう。
その気持ちだけで必死に足を動かす。
けれども続く景色はどこまでも同じで、焦りは増すばかりだった。
「……っ」
思わず、足を止めてしまう。潮騒だけが鳴り響く。一度止まってしまうと、もう足がだるくて仕方なかった。ついにぺたりと砂の上に膝をついてしまう。
涙があふれてきそうになる。泣いたら糸がきれてしまいそうでずっと抑えてきたのだが、もう防波堤が決壊してしまいそうだった。
泣いたらだめだ。泣いたら。
代わりに、すがる人の名前を呼ぼうとする。口を開き、喉からしぼりだすように声を出そうとする。
はっとした。なんと言えばいいのかわからなかったのだ。
いつも、誰かに呼びかけていた気がする。なのに、思い当たらない。
一生懸命記憶を探ろうとして、自分の頭の中が真っ白だと気がつく。
私はどうしてここにいるだろう。どうしてこんなところを歩いているんだろう。どこに帰ろうとしているんだろう。
誰を呼ぼうとしたんだろう。
そんな人、いただろうか。
先程とは違う不安に襲われ、ついにしゃくりあげてしまった。一度そうしてしまうと止まらず、瞳からぼろぼろと涙があふれ出す。止める術もなく、陽毬はついにわんわんと泣き出してしまった。
しゃがみ込み、うつむいて、ただひたすらに泣き続ける。砂の上に自分の涙の粒が落ちて、すぐに染み込んで跡も残らず消えてしまった。
しゃくりあげる陽毬の声と、寄せては返す、波の音だけが響き続ける。
疲れて声も小さくなった頃、陽毬の頭上から影がさした。
急に暗くなったことにびくりと身をすくませて、陽毬は顔をあげた。
そこには優しげな瞳をした、青い髪の少年が立っていた。彼は陽毬に視線を合わせるように、身をかがめた。
「泣かないで、陽毬」
「……あ」
陽毬は呼吸を落ち着かせると、少年に呼びかけようとした。だが、言葉が浮かんでこない。
「あなたは、誰?」
陽毬の問いかけに答えることなく、少年は静かに微笑んだ。
陽毬は焦燥感にかられ、彼の服の裾をつかんだ。
「私、知ってる。あなたのこと。でも何て呼んだらいいかわからないの」
「……うん」
少年が陽毬の手をとった。
「大丈夫。聞こえたよ、陽毬が呼んでいるの。だから来たんだ」
少年が陽毬を立ち上がらせ、砂で汚れたところをほろう。
そしてそっと少年が指先を近寄らせ、顔に流れる涙の跡をぬぐった。
先程まで寂寥を誘うだけだった波の音が、優しく包み込んでくれるように聞こえた。
「僕の名前を思い出すのは、君が幸せになっていつかまた、ここに来たときでいいんだ。今はまだ、早いよ」
少年が陽毬の頭を撫でた。
彼が陽毬の手を引く。先程までが嘘のように歩きやすい。すいすいと両足が動く。
それもそのはずで、陽毬はいつの間にかすらりとした肢体の、大人の姿になっていた。少年も高校生くらいの姿になり、彼女の手を引き続ける。
陽毬はこれだけは言っておかなければいけない気がして、彼の背中を見ながら必死で唇を動かした。
「わ、私は、幸せだったよ!」
彼の背中がぴくりと動いた。
それは一瞬のことで、再び彼は歩み出す。
ありがとう、とささやくような声が聞こえた気がした。
「さあ、帰ろう。君を待っている人のところに」
「うん」
少年の今度ははっきりとした声の上に、遠く潮騒の音が重なった。




「陽毬!」
うっすらと目を開くと、そこには夫の顔があり、陽毬は目を瞬かせた。
「あれ、どうしたの……?」
「陽毬、よく頑張ったな。一時は危なかったって聞いて、肝が冷えたよ」
陽毬はぼやけた記憶の糸を手繰り寄せる。そしてはっとする。
「赤ちゃんは……」
「大丈夫。母子ともに健康だって。男の子だよ」
「そう……」
ほっと胸をなでおろす。夫が優しく陽毬の前髪を撫でた。
「まだ安静にしていたほうがいいってさ。もう一眠りしてから赤ちゃんを抱けばいい。目元が君にそっくりだよ」
「そっか」
陽毬は薄く微笑んだ。
「名前、決めないとね」
そう呟くと、夫がぽかんとしたように陽毬を見つめた。
「あれ、もう考えていたんじゃないのかい」
「え?」
「お医者さんが言っていたよ。赤ん坊が生まれたときに、君が『ショウちゃん』って言ったって」
今度は陽毬が怪訝な顔をする番だった。
「本当に?」
「ああ。呼びやすくていいと思うけど」
陽毬は心当たりがなく、首を傾げた。
だが、口にしてみるとその響きはひどく舌に馴染んだ。
「生まれた瞬間に無意識に呼びかけたなんて、運命みたいでいいじゃないか」
夫の言葉に、陽毬はそうね、と微笑んだ。

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