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ノスタルジア

「輪るピングドラム」の二次創作小説ブログサイトです。 公式の会社・団体様とは無関係です。

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花束をあなたに

晶馬。母の日。

息を吐き出す音が落ちた。
晶馬ははっとして眉をひそめた。今日何度目のため息だろう、と自嘲する。
とりあえず、数える気にもならないほどの回数であることはわかっていた。
「母の日の今日、花屋にはカーネーションを買い求める子どもたちの列が……」
いつの間にか夕方のニュースに切り替わったテレビからアナウンサーの声が漏れる。
晶馬はさらに眉間のしわを深くすると、テレビのリモコンを手に取り、電源を落とした。
晶馬の他には誰もいない高倉家の居間が無音になる。
なんで今日に限って二人ともでかけてしまうのだろう。
冠葉はまた女の子関係の用事なのか、行先を濁して朝早くにいなくなり、陽毬も先程本屋さんで雑誌を見てくると言ってまだ帰ってこない。
またももれそうになるため息を抑えると立ちあがり、少し早いが夕飯の支度を始めることにした。
エプロンを身につけて、腕まくりをする。
料理を始め、家事は好きだ。効率よくこなすためには、常に身体や手を動かしながらも次に何をしたらよいか考えなければいけない。
その間には思考の入り込む隙間はない。
こんな日にだって、料理をしていれば、余計なことを考えなくていい。
晶馬は米を研いで、ジャーのスイッチを入れると、すぐに野菜の下ごしらえをする。
包丁とまな板一旦洗ってから肉を切り、先に肉に火を通す。野菜を入れて炒めてから水を入れる。
ぐつぐつと音を立てる鍋を見守りながら、またため息がもれてしまった。
今夜はシチューだ。多く作ってしまえば次の日も食べられるので、高倉家では食卓に上がることが多いメニューだった。
だが、どうしてよりによって今日このメニューにしてしまったのか。
何も考えず買い物をしてしまった数日前の自分を晶馬は恨んだ。
冠葉と晶馬と陽毬の三人で、同じ手順で料理をしたことをどうしても思い出してしまう。
それは、数年前の五月の第二日曜日だった。
両親がでかけたのを見計らって、三人で外出した。おこずかいを出し合ってこの日ためにお金を用意して買い物をした。
スーパーで買ったにんじんやじゃがいもは思いのほか重くて、冠葉と二人でひいひい言いながら袋を引きずるように運んだ。
陽毬が私も持つ、と言ったが大事な妹にそんな思いはさせられない。
花屋で買ったカーネーションを陽毬に持たせて、花が一番大切だから、陽毬はそれを守るんだと説得した。
家に帰宅し、わいわいと調理を開始する。
包丁は危なくて持たせられないと言ったら、案の定陽毬が頬をふくらませた。
冠葉が切った野菜は大きさがばらばらで、晶馬が文句をつけると「俺の芸術はお前には理解できない」などと言う。
陽毬はようやく任された灰汁取りを全うしようと、ずっと鍋の前で構えて待っていた。
何もかもがまだ鮮やかに思い出せる。
できあがったカレーは自分たちで作ったというひいき目が入っているとしても、おいしかった。
父と母が玄関を開く音に三人で駆けて行く。
「お母さん、いつもありがとう!」
声をそろえてそう言って、陽毬が宝物を抱えるようにしてカーネーションをそっと母に渡す。
母が驚きで目を見開きながら、頬を染めた。
晶馬ははっとした。
いつの間にか鍋はぐつぐつと煮立ち、灰汁が表面を覆い尽くそうとしていた。
晶馬は頭を振ると、ボウルに水を張り、灰汁取りを乱暴に鍋の中に突っ込んだ。
――あんな人に。あんな人に、ありがとうと言っていたなんて。
晶馬は唇を噛んだ。
高倉千絵美は大勢の人の命を奪った犯罪者だった。
誰かの母を、同じようにありがとうと言われていたはずの人を殺したのかもしれないのだ。
同じように母の日に笑い合うはずだった家族を壊したのかもしれないのだ。
それなのに、ありがとう言われて微笑んでいたなんて!
知らないとはいえ、感謝していたなんて!
一片の灰汁だって残してはおけないという勢いで、晶馬は手を動かす。
だんだんと視界がぼやけて、灰汁なのか油なのかさえよく見えなくなってくる。
ぼたりとこぼれた一滴に、鍋の表面が波打った。
「ただいまー」
そのとき、玄関が開く音がした。晶馬は慌てて目元をぬぐう。
二人分の足音がして、ばらばらにでかけたのに一緒に帰ってきたのか、と訝しく思う。
「お、おかえり、二人で帰って」
来たの、と続けながら振り返る。
すると、視界が真っ赤に染められた。
「晶ちゃん、いつもありがとう!」
陽毬が眩しい笑顔と共に、花束を押しつけていた。
「……え」
晶馬が目を瞬かせていると、冠葉がもうひと束を押しつけてくる。
花束の正体はどちらもカーネーションだった。
晶馬が茫然としていると、冠葉がいたずらっぽい顔で笑った。
「我が家の主夫に。いつもお疲れ様」
晶馬はようやく状況を理解すると、急速に身体から力が抜けて行くのを感じた。
「……はは。あはははは」
へなへなと床に座りこんでしまう。
冠葉がふっと鼻で笑った。
「ほら、言っただろ、陽毬。晶馬のやつ、驚いて腰抜かすぞって」
「私が言ったのも当たったよ。晶ちゃんきっと泣いちゃうって」
陽毬が床に膝をついて晶馬の顔をのぞきこもうとする。
晶馬は慌てて花束で顔を隠そうとする。
「な、泣いてない。泣いてないよ!」
「うそー。顔が真っ赤だよ?」
「素直になれよ、晶馬」
冠葉と陽毬がくすくすと笑う。
鍋がそれに呼応するように、かたかたと音を立てていた。

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