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ノスタルジア

「輪るピングドラム」の二次創作小説ブログサイトです。 公式の会社・団体様とは無関係です。

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さいわいのかなた

晶馬と陽毬。大好きだよ。

かばんのチャックをしめる音がやけに響いた。
陽毬が思わずひとつ息をもらすと、背後に人の気配がした。振り向くと、晶馬が微笑みかけていた。
「荷物、それで全部?」
「うん。あとは朝運ぶだけで大丈夫」
「……そっか」
幼い頃、妹のために作ったお姫様が眠るようなベッドを片づけ、必要のないものを処分すると、狭かったはずの家は随分と広く見えるようになった。
冠葉と晶馬、そして陽毬の大半の荷物は段ボールにつめてしまった。今残っているのは今日眠るための布団と、身の周りの貴重品をおさめたそれぞれのかばんだけだ。
「うちってこんなに広かったんだね」
「ずっとせまいせまいって言ってたのにね」
お互いの言葉も、いつもより反響するのか妙に間延びして聞こえる。
それきり、沈黙が落ちる。
今日は、高倉家が終わる日だった。
「……冠ちゃん、帰ってこないのかなあ」
「夕飯前に、飲むからメシはいらない、遅くなるってメールがあったけど」
「あ、待って……真砂子さんからメール来てる」
陽毬が携帯を操作し、メールを開くとくすりと笑った。
「冠ちゃん、つぶれちゃったんだって。こちらで面倒を見るわ、早くすり潰さないと、だって」
「もう!明日は荷物運ぶの、全部冠葉にさせることにしようよ」
晶馬が心底あきれたといった顔をしたが、内心では冠葉の気持ちもわからないでもない、と思っていた。
陽毬に、二人に会ってほしい人がいるの、と言われたときには目の前が真っ暗になった。
冠葉はひきつった笑顔を作ってそうか、と言うことが精一杯で、晶馬は反対に、家に連れてきなよ、その人何が好き、僕腕をふるうよ、とべらべらとまくし立てた。
陽毬が連れてきた青年は実直で誠実で、文句のつけどころもなかった。
いつかはこんな日が来ることは、二人ともわかっていたつもりだった。だが、実際に来るとショックは大きい。
とんとん拍子に話は進み、陽毬の結婚が決まった。
そして、結婚するということは家を出るということだった。
陽毬がいなくなる高倉家に意味はなかった。冠葉と晶馬は池辺のおじを含めて話し合い、とうとう家を売ることにした。残しておきたい気持ちはあったが、おじにも随分迷惑をかけたので、当初のおじの意思を尊重するかたちになったのだ。
だが、冠葉は気持ちの整理がまだうまくつけられないらしい。飲みに行くことが増えた。格好つけの兄が情けない姿を見せられるのは夏芽真砂子くらいしかおらず、最近はしょっちゅう彼女の世話になっている。
晶馬は冠葉が陽毬の結婚にそこまでの衝撃を受けている理由をなんとなくわかっていたが、口に出すべきではないだろうと静観することにしていた。
「兄貴が帰ってこないなら、もう寝ちゃおうか」
晶馬は苦笑しながら、布団に手をかける。すると、陽毬が「ちょっと待って」と晶馬を止めた。
「……陽毬?」
「話があるの、晶ちゃん」
改まった雰囲気に、晶馬は陽毬に向き合った。
陽毬のまつげが上を向き、星空のように澄んだ瞳が晶馬を捕らえる。かつて細く成長しきれていなかった身体は丸みを帯び、豊かな髪が背中まで伸びている。
――本当に、綺麗になった。
思わず晶馬は感慨深く彼女を見つめる。
自分たちが高校生の頃、陽毬の命は一時期危うかった。もう、何度もだめかと思ったものだ。
幾重の奇跡を経て、今、陽毬はひとりの女性となって晶馬の前にいる。
「これ。……返すね」
陽毬はかばんの傍らに置いてあったものを手に取った。晶馬は目を見張った。
「まだ……持ってたのか」
それは、縞模様のマフラーだった。
初めて出会った頃、晶馬と陽毬の絆をつないだ思い出のマフラーだ。このマフラーがあったから、晶馬と陽毬は家族になった。
陽毬はマフラーを捧げ持ち、晶馬が差し出した手の平の上にそっと乗せる。
「うん。これで私と晶ちゃんは、他人だよ」
陽毬の言葉に、晶馬ははっと顔をあげる。陽毬はまつげを震わせ、その目元を微かに潤ませていた。
「だから、やっと言えるよ」
陽毬の桜色の唇が、その言葉を紡ぐのを、晶馬はただ見つめていた。
――私ね。晶ちゃんのこと、ずっと、ずっと好きだったよ。
晶馬はマフラーをきゅっと握りしめた。
目を伏せ、「ごめん」と呟く。
知っていた。
心の中でだけ、そう呟く。
自分たちの間にあったものが、きっと初恋と呼ばれるものだったと、晶馬は知っていた。
けれど幼い晶馬は、陽毬と家族になること以外に彼女を救う方法がなかった。
結果、彼女に家族を与えることはできたが、初恋は叶わずに歪むことになった。加えて、高倉家の一員という重りまで背負わせ、彼女の夢も叶わなかった。
「ごめん」
晶馬にはそう言うことしかできなかった。マフラーを握りしめる手に力がこもる。
ふと、その手の上に温もりが宿った。陽毬の手が、晶馬の手の甲を包んでいた。
顔をあげると、陽毬は微笑んでいた。とても晴れやかな笑みだった。
「謝らないで、晶ちゃん。私、幸せだったよ」
陽毬が晶馬の胸に手を置いた。そのまま身体を寄せる。
そっと、風が触れるように唇が重なった。
「さよなら、晶ちゃん」
私の運命の人。
そう震えて言った陽毬の言葉に、晶馬はもう何の言葉も返せなかった。
その日は、二人で並んで眠った。幼い頃、階段の下で隣にお互いの体温を感じながら寝転がったときのようだった。

 

 

三人が高倉家を出てから一ヶ月後の、穏やかな陽気の日。
今日は陽毬の結婚式だった。
両親の犯罪のこともあってか、新郎の父母は理解してくれているものの、親戚には反対する者もいたらしい。参列者は多くない。
陽毬のほうも、親類と言っても二人の兄と池辺のおじ夫婦しかいないので、式は内輪だけのこじんまりとしたものだ。
冠葉が既に飲んだくれているらしく、呆れたように諌める晶馬の声が聞こえてくる。
陽毬が思わず唇を笑みの形に結んでしまうと、口紅を塗ろうとしてくれていた苹果が「ああっ」と声をあげた。
「動いちゃだめえ!陽毬ちゃん!」
「あ、ごめん、苹果ちゃん。だって、冠ちゃんと晶ちゃんの声、ここまで聞こえてくるんだもん」
「あはは、冠葉くん、式の前に酔い潰れないといいけど」
さ、口閉じて、と言って苹果は陽毬の唇に淡いピンクの口紅を塗る。
「よし、できた!最高に綺麗な花嫁だよ、陽毬ちゃん!私が保証する!」
「もう、苹果ちゃんたら」
陽毬は照れながらも、鏡の中の自分を見つめた。
――晶ちゃん、何て言ってくれるかな。
未だにそんなことを考えてしまう自分に呆れてしまう。
苹果がじゃあ私戻るね、と告げて出て行ってしまうと、陽毬は一人で控室に残された。
高倉家を出て、先日婚姻届も提出した。そして今日はとうとう結婚式だ。
陽毬はため息をついた。
「なんだろ、これ。マリッジブルーかな」
なんとなく気持ちが重たい。夫を選んだことに、何の後悔もないのに。
陽毬は気分転換に飲み物でももらいに行こうかと、貴重品を持って部屋を出ることにした。
持ってきた私物のかばんを探っていると、手が止まった。今日の準備のためにいろいろと詰まった大きめのかばんの中に一際場所を取っているものがあったのだ。陽毬は笑みを浮かべた。
「ああ、そうか……昨日、つい入れちゃったんだっけ」
それは、くまのぬいぐるみだった。
両親が失踪した頃、陽毬を慰めるためにといろいろしてくれた兄たちが、はずみで壊してしまったものだ。
眼帯をして、大きな縫い目でおなかをつなぎとめられたぬいぐるみは、陽毬と兄たちが一緒に暮らしているという証だった。
マフラーは晶馬に返したが、これだけはどうしても手元に置いておきたくて、持ってきてしまった。さらに、今日という日に近くに置いておきたくて会場にまで持ってきしまったのだ。
陽毬は手近ないすにくまをすわらせる。ここで見ててね、というつもりだった。
だが、ふとくまのおなかの縫い目から、何かがのぞいていた。どうやら、度重なる移動で縫い目がほつれてしまったらしい。
「……何だろう。紙?」
陽毬はどうやら紙の切れ端らしいものをつまんだ。引っ張ると、縫い目の隙間から出すことができた。
折りたたまれた紙を開く。
一瞥して、陽毬は息を呑んだ。
『大好きだよ!お兄ちゃんより』
紙にはそう、書いてあった。
冠葉の字だろうか、晶馬の字だろうか。恐らくは、ぬいぐるみを壊してしまったときに入れたのだろう。ちょっとしたいたずらのつもりだったのか、謝罪のつもりだったのか。
陽毬は口を抑えた。止めようとしても、嗚咽がもれてくるのを止められない。
化粧が崩れると現実的なことを考えながらも、感情は滝の奔流のように流れて留まらない。涙があふれ出して紙のうえにぽたぽたとしみを作った。
「冠ちゃん……、晶ちゃん」
気がつくと、陽毬は走りだしていた。
廊下を派手な音を立てて走る花嫁を見て、係員が目を丸くした。慌てて止めようとするが、陽毬は形振りかまっていられなかった。
そうか。
陽毬は自分の陰鬱だった気持ちの正体がやっとわかった。
結婚をしたら、自分は「高倉陽毬」ではなくなってしまう。マフラーも返した。もともと血などつながっていない自分は、冠葉とも晶馬とも今度こそ完全な他人になるのだ。
そう、思っていた。
――でも、違う。違うんだよね、冠ちゃん、晶ちゃん。
廊下を曲がり、ホールに出ると、そこに式の参列者がまばらに集まっていた。
最初に目があった苹果がぎょっとした顔をする。
苹果と向かい合い、こちらに背を向けていた晶馬が苹果の表情に何事かと振り向いた。
「お兄ちゃん!」
陽毬はありったけの声で叫ぶと、晶馬に向かって走り出す。
「ひ、陽毬!?」
驚いた顔をしながらも、晶馬は駆けよってきた陽毬を優しく抱きとめた。
陽毬は必死に言葉を紡ごうとしたが、ひきつった喉は繰り返し同じ言葉しか発しない。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん――!」
陽毬は、かつて家族で行った潮干狩りの日のことを思い出していた。
迷子になった自分を、冠葉と晶馬が見つけてくれたこと。二人の顔を見た途端安心して、わんわん泣いてしまったこと。
あの日のように、涙が止まらない。
「お兄ちゃん、大好きだよ。大好きだよ……!」
「陽毬……」
晶馬が優しく陽毬の髪を撫でた。あの日、兄たちが麦わら帽子をかぶせてくれたときと同じに、ベールを整えてくれる。
「陽毬。僕もね、陽毬に伝えたいことがあるんだ」
「うん……うん」
「マフラーは僕の手に戻ってきた。君はもう高倉って名字じゃない。でも、君は僕の妹だ。大切な妹だよ。――愛してる」
「うん……晶ちゃん、ありがとう」
その後、どこかに行っていて戻ってきた冠葉が己のタイミングの悪さにまた酒を煽りだし、苹果が「私のほうが陽毬ちゃんを愛してるもん」とよくわかならない論理で大騒ぎしてひと悶着あり、結婚式は大幅に遅れることになった。
だが、陽毬の顔はとても幸せそうにきらきらと輝いていた。

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