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ノスタルジア

「輪るピングドラム」の二次創作小説ブログサイトです。 公式の会社・団体様とは無関係です。

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フレンチトースト

晶馬と陽毬。かわいそうだね。

カバンから鍵を取り出し、玄関を開ける。
家の中はしんとしずまり返り、誰もいない。
晶馬は満足そうにうん、とうなずいた。
自分のかばんを居間に放りなげると、今朝干した洗濯物を取り込む。
ひとつ靴下を落としてしまい、あ、という声がもれる。
洗濯物を一旦床に置くと、慌てて靴下を拾うった。庭の土の上にぽつんと残された靴下の汚れを払う。
幸い、冠葉の黒い靴下だったので、大丈夫だろうと家の中に戻る。
両ひざをそろえて居間に座り込み、洗濯物をひとつひとつ丁寧に畳んでいく。
ほんの数か月前まで、これをやっていたのは自分の母だった。
晶馬が帰ってくると、「おかえり」と言って顔をあげてくれる。仕事でいないこともあったが、それが当たり前だった。
だが、当たり前でなくなったあの日から、晶馬は自分がその役割を担うことにした。
だから、冠葉や陽毬が帰宅する前に帰ってきて、自分が「おかえり」と言うのだ。
今日はきちんと間に合った、と晶馬は自分の仕事ぶりに満足する。靴下をひとつ落としてしまったくらいの失敗は許されるだろう。
これから、夕飯の支度にとりかからなければ、と時間の使い方を考えていると、玄関が開く音がした。
冠葉かな、陽毬かな、と考えながらおかえりを言う準備をしているが、一向に入ってこない。
晶馬は首をかしげた。
最後の洗濯物を畳み終わり、腰をあげる。玄関を覗き込むと、陽毬がじっと下を見たまま立ち尽くしていた。
「……陽毬?」
おかえり、と言えるような雰囲気でもなく、晶馬は戸惑いながら彼女の名前を呼んだ。
陽毬はぱっと顔をあげた。目が泣きはらしたようにはれている。晶馬が息をのんでどうしたの、と聞く前に陽毬が高い声で言った。
「フレンチトーストつくって」
「え?」
晶馬が意味を理解する前に陽毬がかみつくようにもう一度叫んだ。
「フレンチトースト!つくって、晶ちゃん!」
ええ!?と晶馬は声をあげた。
突然の陽毬の要求に、理由を聞き出そうと晶馬は口を開く。
だが、陽毬は口をきゅっと引き結んでそれ以上何も言おうとはしない。
晶馬は弱ったな、と頭をかいた。こうなった陽毬はてこでも動かない。
フレンチトースト、と聞いてもすぐにはぴんと来なかった。記憶をたどってみて、幼い頃に一度、母が作ってくれたことがあったのを思い出す。
テレビでやっていたのを見て、食べたいと三人で千江美にせがんだのだった。
黄色くて甘くてとてもふわふわとしていたのを覚えている。
だが、つくるのに手間がかかるということで、もう一度食べたいと言っても千江美は笑ってはぐらかしてしまった。
「うーん、わかったよ。作ってみるから着替えておいで」
晶馬が促すと、陽毬はようやっとのろのろと玄関から家の中へあがった。
陽毬が自室に行くのを確認してから、晶馬は携帯を起動させた。エプロンに手をかけながら、フレンチトーストのレシピを検索する。
パンは厚切りの食パンを昨日買ってきたばかりだ。
あと必要なのは、卵、牛乳、砂糖。少々組み立てていた今日明日の献立に修正は加えなければならないが、ほかならぬ陽毬の頼みだ。
最後にバニラエッセンスと書いてあるのが目に入ったが、そんなものはさすがにない。
「風味程度だろうし、なくても大丈夫だよね」
そう呟いて、腕まくりをする。
大きめのボウルを出して、卵を割る。何個割ればいいんだろう、と思ってもう一度携帯の画面を覗き込む。
「六個!?」
思わず大きな声を出してしまう。家にある卵を使い切ってしまうことになる。これは母さんも頻繁には作れないよなあ、とため息が出る。
計量カップに牛乳を入れ、ボウルの中に注ぎ込む。砂糖を恐ろしくなるほどいれて、混ぜ合わせる。
よく混ぜ合わせたら、食パンを半分に切って、ボウルのなかにいれる。
「これでつけ込んで……片面半日!?いや、無理だろ、とりあえず三十分くらい……」
携帯に映し出されたレシピとにらめっこしながらぶつぶつとつぶやいていると、部屋着に着替えた陽毬がひょっこりと顔を出した。
「晶ちゃん……」
不安そうな声色で、申し訳なさそうな顔をして立っている。
晶馬は安心させるように優しく微笑んだ。
陽毬はまだ、わがままを言っていい年頃なのにすぐに遠慮をする。たまに今日のように我慢ができなくなって無茶を言い出したりもするが、すぐに後悔してしまう。
今も、自分のわがままが晶馬を困らせてしまったのではないかと思案しているのだろう。
以前はもっと子どもらしかった。
それが変わってしまったのは、やはり、両親が姿を消してからだ。
晶馬は手を止めて一度ふきんで手をふくと、陽毬の前に立った。
成長期に入り、晶馬と陽毬の身長差には少し開きが出てきていた。晶馬は陽毬に目線を合わせるようにかがみこむ。
陽毬と目が合う。彼女の瞳の中には星があるようだ。最近は少し曇ることが多いことが、晶馬にとっては悲しかった。彼女の瞳の中はいつでもきらきらと輝いていてほしい。
「お姫様は、フレンチトーストをご所望なのですね?」
「え」
「ただ今、わが城の最高のシェフが魔法の液体にパンをつけているところです。とっても甘くておいしい、世界最高峰のフレンチトーストを姫にお出しいたしますので」
そう言って、陽毬の手を取る。
陽毬は茫然と晶馬を見つめていたが、やがて噴出した。
「晶ちゃん、何の役なの?シェフじゃないの?」
「今は姫の執事の役さ。執事とシェフの一人二役」
陽毬が楽しそうにころころと笑う。やっと笑顔になってくれたとほっとする。
「私も手伝うよ、晶ちゃん」
「大丈夫だよ。姫がキッチンに入るなど、私が執事様に怒られてしまいます」
今度はシェフになりきって言うと、陽毬ものってきた。
「私はこの目で、甘くてふわふわのフレンチトーストができあがるところを見たいの。全部人に任せるのは、性分に合いませんわ」
「そんな、お姫様」
二人で笑いながら言葉を交わすうちに、なんだかおもしろくなってきてしまった。二人は意味もなく笑いあう。
一時間をかけてつけ込んだパンを、油とバターをひいたフライパンで弱火で長い時間をかけて焼く。
できあがる頃にはもうそろそろ夕飯の時間だろうという頃合いになってしまったが、今日は特別だよ、と晶馬は陽毬に笑いかけた。
「いただきます」
二人で向かい合ってそう言って、ナイフとフォークを構える。
携帯で検索して出てきたような、立派なお皿に盛りつけられたものとは程遠い。つけ込んだ時間も短いし、パンだってスーパーで売っている食パンだ。メープルシロップもないので蜂蜜で妥協した。
世界最高峰のフレンチトースト、なんてよく言ったものだ。
けれど、陽毬は一口、口に含むと、満面の笑みで頬をバラ色に染めて、「おいしい」と言った。
そしてぽつりぽつりと、今日クラスメイトの会話を聞いたの、と話し出した。
先日、家族で旅行に行ったときにホテルに泊まった、その朝食にフレンチトーストを食べたという。とてもおいしかったと話していたのだそうだ。
クラスメイトの彼女たちは、それを陽毬が聞いていたことに気が付いた。そして言ったのだ。
「聞こえてたかな、あの子の家大変なのに、かわいそうだよね、って。もう家族で旅行にもホテルに泊まることもない、すっごくおいしいフレンチトーストだって食べられないのにねって」
話し終わった陽毬は、隠すように少し鼻をすすった。
「そうしたら、ものすごくフレンチトーストが食べたくなったの。私だって、すっごくおいしいフレンチトーストくらい食べられるもん。だから」
私、かわいそうじゃないよ、晶ちゃん。
ぽつりとつぶやいた陽毬の言葉は、晶馬にしか聞こえなかった。
そうして食べたフレンチトーストは、甘いはずが少ししょっぱかった。

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