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ノスタルジア

「輪るピングドラム」の二次創作小説ブログサイトです。 公式の会社・団体様とは無関係です。

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ねがいごと

晶馬と苹果。彦星と織姫。

苹果は細長く切られた緑色の色画用紙を見つめた。
マジックのふたを取って書きだそうとしてペン先がふらふらとさまよい、やがてふたをまたつけ直す。そんなことをもう何度繰り返しただろう。
またマジックのふたを取ったところで、背後から陽毬が顔を出した。
「苹果ちゃん、書けた?」
苹果が何かを言う前に、何も書かれていない紙が目に入ったのか、陽毬が申し訳なさそうに目を細めた。
苹果は慌てて陽毬に向き直った。
「ご、ごめんね陽毬ちゃん!なんか、いざとなると何も浮かばなくて」
「ううん、急かすつもりじゃなかったの。ゆっくり書いてね」
陽毬はそう笑顔で言うと、台所に戻っていく。冷蔵庫を開け閉めする音から、何か飲み物を用意してくれる気でいることがわかった。
苹果はマジックのふたを再びしめた。
ふう、とため息がもれる。
不可思議な事故がきっかけで知り合った後、こうして苹果が陽毬の家を訪ねることはほとんど習慣と化していた。
今日も放課後に遊びに来たところ、陽毬がでかけようとしているところだった。
これから、近くの公園で行われる七夕祭りの手伝いに行くらしい。町内会のお付き合いなの、おじさんとおばさんは忙しいし、と言う陽毬に、苹果は目を輝かせて私も手伝いたい、と申し出た。苹果はマンション住まいであまりそういった経験がないので興味があったのだ。
そして差し出されたのがこの細く切った色画用紙――短冊だった。
「せっかくだから苹果ちゃんもお願い事を書いて吊るそうよ」
陽毬の言葉に、苹果は元気よくうなずいた。短冊に願い事を書くなんて、小学生のとき以来でわくわくする。
陽毬の家の居間にあがりちゃぶ台を借りて、さっさと書いてしまおうとした。
だが、いざ短冊を目の前にすると、書けなくなってしまった。
早く書いてしまおう。陽毬は早く手伝いに行きたいはずだ。そう、焦れば焦るほど、手が動かない。
願い事。
小学生のときはなんて書いたっけ。たぶきさんのお嫁さんになれますように、とかだったかなあ。
今更似たようなことを書く気にはなれなかった。
もう一度マジックのふたをとり、そしてつける。
いったい何をこんなに悩んでいるんだろう、と馬鹿馬鹿しい気持ちになった。たかが願い事を書くだけだ。ましてや、本当に叶うわけでもない。適当に、何かが欲しいとか、どこに行きたいとか書いておけばいい。痩せたいとか女の子らしい願い事でもいいし、成績が上がりますようにとか、学生らしい願い事でもいいだろう。
だが、苹果にはわかっていた。願い事が思いつかなくて悩んでいるわけではないのだ。
書きたい願い事はある。だが、何と書けばいいのかわからないのだ。
陽毬が飲み物を盆に乗せて運んでくる。
もういい加減にしよう、と決意して、苹果はマジックのふたを開けた。





七夕祭りの会場は、子どもたちでごったがえしていた。浴衣を着ている女の子もいる。かわいい、と思わず口にする。
町内会の人々が現れた陽毬と苹果を手招きした。苹果が手伝いを申し出ると、歓声があがった。
「助かったよ。もう日が暮れそうだから、花火の準備をしなくちゃいけないんだ。笹の飾り付け、もう少しで終わるから、それを二人に頼んでいいかい?」
「はい」
二人が頷くと、町内会の人々は慌ただしく駆けていってしまった。苹果と陽毬は段ボールの箱に入った短冊を、ひとつひとつ笹に吊していく。
テストで百点が取れますように。
息子の高校受験がうまくいきますように。
素敵な人と出会えますように。
世界征服。
昇進できますように。
様々な願い事の中には明らかに受けねらいのものもあり、二人でそれを見ながら笑いあう。
子供たちが鬼ごっこでもしているのか、騒ぎ回る声が響く。
短冊をすべてつるし終わったところで、陽毬が言った。
「私たちの短冊も吊そうか」
「うん」
陽毬が持っていた小さな鞄から、短冊を取り出した。
「陽毬ちゃん、何て書いたの?」
見てもいい、と断ると、陽毬が頷いた。
ピンク色の紙に、丸い字で「私も、大スキだよ」と書かれてあった。
「願い事じゃないよね」
陽毬がえへへ、と笑う。
ずいぶん前に、陽毬が泣いてしまったときのことを思い出す。見覚えのないくまのぬいぐるみに挟まっていた、いるはずのない兄からのメッセージ。普通なら不気味に思ってしまう出来事だったが、陽毬も苹果もなぜか受け入れてしまった。
変だよね、こんなの、と呟く陽毬に、苹果は首を振った。
「ううん。なんだか、届く気がするよ」
そう言って苹果も自分の緑色の短冊を取り出す。
迷った末に書いたのは、一言だけだった。
あいたい。
陽毬と出会うきっかけになった事故の後から、無性にこう思うのだ。
誰に会いたいのかは、ちっとも検討がつかないのに、気持ちだけは焼け付くようにいつも感じていた。
陽毬はそんな苹果を黙って見ていてくれた。
こんなおかしな気持ちを共有できるのは、苹果も陽毬もお互いだけだった。
「吊そうか」
「うん」
二人は微笑み合い、短冊を笹に吊した。
そのとき、わあっと子供たちのざわめきが大きくなった。
二人が振り向くと、小さな子供が転んでしまったのか、うつぶせになっているのが見える。陽毬が慌てたように駆け寄ろうとして困った顔をした。短冊はすべて吊したが、飾りがいくつか残っている。苹果は「陽毬ちゃん、行ってあげて」と声をかけた。
「飾りの残りは、私がやっておくから」
「ありがとう、苹果ちゃん」
陽毬がぱっと駆け出し、転んだ男の子を抱き起こすのを見届けると、苹果は段ボールから輪をいくつもつなげた飾りを取り出す。
同じように飾りつけようとしたが、よく見ると、短冊も飾りも笹の中くらいの位置にしか吊されていない。自分と陽毬の身長があまり高くないせいだろうが、見栄えが良くない。
苹果はよいしょ、というかけ声とともにつま先を立てる。なるべく上のほうに引っかけようとするが、なかなか届かない。
「うーん!」
一人でつま先と腕を震わせて精一杯伸びをする。
それでも届かずに歯がみしていると、ふいに影がさした。
飾りの端を苹果よりも一回り大きくて節くれ立った手がつかんでいる。思わず斜め上を見上げた。
そこにいたのは癖っ毛のまつげの長い少年だった。
彼が飾りを引っ張ったので、苹果は手の力を抜く。苹果よりも身長が高い彼が、楽々と飾りを高い位置に巻いてしまった。
少年が静かにこちらを向いた。
「何て書いたんですか」
「え」
「短冊。ねがいごと」
苹果はそんなことを問われるとは思っていなかったので、混乱してしまった。なんと言っていいのかわからず、無言で自分の短冊を指さす。
「あいたい……か。まるで織姫みたいだね」
少年は短冊を読みあげるとそんなことを呟いた。
てっきり誰に会いたいの、とでも尋ねられるのかと思っていた苹果は変な人、と思う。
少年は腕を組んで勝手に何かに納得したように頷いている。
「夢中になると一直線になってしまうところなんて、織姫と一緒だしね」
「私、新婚生活に浮かれて仕事放り出したりしないわ」
失礼な人、と思いながらも、自分のことを知っているような口振りには疑問を感じなかった。
「それに、私は違うわ。織姫とは、違う」
「え?」
「だって、織姫と彦星は、一年に一回は会えるじゃない。私は……」
私は、なんだというのだろう。
苹果は自分が何を言っているのかわからなくなってきた。
「会いたい」
少年がこちらを見て、ぎょっとした顔をする。
いつの間にか、行き場をなくした感情が涙となって流れていた。
「あいたい……っ、会いたいの。でも、誰に会いたいのか、わからないの。覚えていないの」
嗚咽がこらえられない。知らない人の前で理由もよくわからずに泣きじゃくるなんて、おかしい。
そう思いながらも、止まらなかった
そっと、温もりを感じた。いつの間にか、少年の親指が、苹果の頬を拭っていた。
苹果は顔をあげて少年を見る。
少年がそっと問いかけた。
「一年に一回でも、会えたら君は幸せ?」
「当たり前よ」
「覚えていないのに?」
「それでも、会いたい」
苹果は、少年の手首をつかんだ。
「だって、あなただって私に会いたかったんでしょう!――晶馬くん!」
少年は目を丸くした後、敵わないな、とはにかんだ。
「さすが、荻野目さん」
なんでわかっちゃうのかな、と晶馬は頭をかいた。
苹果はかみつくように叫んだ。
「だって、織姫も彦星も、どちらもお互いに橋を渡らないと会えないもの」
苹果の言葉に、晶馬は微笑んだ。
夕暮れに照らされていた公園が、すでにかなり暗くなっていた。
晶馬が手首をつかんだ苹果の手に、もう片方の手を重ねた。苹果がはっとするまもなく、手をはがされる。
「行かなくちゃ。これ、もらっていくね」
晶馬が陽毬の短冊に手をかけて、するりと笹から外した。
「冠葉に見せてやろうと思ってさ」
「また会える?」
苹果は唐突に尋ねた。これだけは聞いておかなければならなかった。
晶馬が苦笑した。
「そうだね……また来年の七夕、君が願ってくれるのなら」
「私、また忘れちゃうんでしょ」
「そうだね」
「思い出せるかしら」
「思い出さないなら、それでもいい。願わないなら、それでもいいよ」
晶馬の言葉に、苹果はむっと眉をつり上げた。
「決めたわ。絶対毎年願ってやる。絶対会いに来なさいよ」
「え」
晶馬がひくりと口元を歪めた。
「なんか君、また何だかカエルとか使いそうで怖いよ……」
「お望みならやるわよ」
「遠慮する」
晶馬は苦笑いをすると、ひらひらと短冊を持っていないほうの手を振った。
花火始めるよー、という大人の声に子どもたち期待に満ちた声をあげる。
彼はいつの間にか幼い少年の姿になっており、またね、と言うと走って行った。その背中が子供たちの中にまぎれてわからなくなってしまう。
「苹果ちゃん、終わった?」
いつの間にか陽毬が近くに来ていた。
苹果ははっとすると、飾りがまだ残っていたことに気づく。
「ああ、ごめん!やだ、私ったら何してたんだろう。ぼーっとしてたのかな」
「あはは、いいよ、やっちゃおう」
「さっきの怪我した子は?」
「膝すりむいちゃったから、簡単に手当てしたんだけど……たいしたことないって言い張って大変だったよ。弟と帰るって……ほら」
陽毬が指さした先に、赤い髪と青い髪の少年が立っていた。二人は暗くなった道を、楽しそうに駆けて行く。
子供たちが花火に火をつける。
はしゃぐ声が響いて、瞬く光が苹果の涙の跡を照らした。





「お前なあ、強く押しすぎだ!本気で転んだじゃねーか」
「いいだろ、結果的に、陽毬に手当てしてもらえたんだから。本当、陽毬の前だとかっこつけしいなところあるよな」
「ふん。お前だって似たようなもんだろ」
「そういうこと言うと、陽毬の短冊見せないよ」
青い髪の少年が舌を出す。
赤い髪の少年が慌てたように卑怯だ、と抗議した。
ふと、赤い髪の少年が遠い目をする。
「いいのかよ」
「何が?」
「荻野目さん」
青い髪の少年がああ、と言うと微笑んだ。
「大丈夫。僕は彦星だから。荻野目さんが織姫じゃなくなっても」
「……お前、けっこうロマンチストだよな」
「う、うっさいなあ。いいじゃないか、今日は七夕なんだから。どんな願い事も叶う日なんだから」
二人は星が輝く道を歩いていく。
流れ星が一筋、閃いた。

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