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ノスタルジア

「輪るピングドラム」の二次創作小説ブログサイトです。 公式の会社・団体様とは無関係です。

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甘くて苦い

苹果の母。ごめんね、こんなママで。
「だって私は」の続きです。拍手コメントをいただきまして書くことができました。ありがとうございます。

「陽毬ちゃん、今日、明日かもしれないって……」
震える娘の声に、絵梨子は答える言葉を持たなかった。何も返せず、沈黙に耐えていると、切り替えるように苹果が言った。
「帰りは遅くなるから、ママ、先に寝てていいよ」
「……わかったわ。気をつけるのよ。お金持っている?駅から家まではタクシーを使いなさい」
「うん。じゃあ、切るね」
苹果の落ち着いた声の後、回線が途切れる音がした。電話が切れた音が耳に響く。
絵梨子は耳から携帯を離し、通話を終了しようとした。だが、指が画面に触れる前に手から携帯が滑り落ちた。
あ、と言う間もなく、リビングの床に落下した携帯が硬い音を立てる。
「嫌だわ、もう夜遅いのに……下の階に響かなかったかしら」
呟きながら携帯を拾おうとかがみ込む。そのとき、自分が伸ばした指先が目に入りはっとした。
小刻みに手が震えている。
自覚をすると、さらに震えが増した。全身から力が抜けて、思わずフローリングの床に座り込む。
震える手をもう一方の手で握ったが、治まる気配が見えない。
嗚咽が漏れそうになっていることに気づき、絵梨子は両手で口元を覆った。
抑えきれなかった感情が涙となって両目から零れ落ちた。
「……ああ」
吐息がこぼれ落ちて、絵梨子はようやく自らの激情と向き合った。
私は、今、喜んでいる。
口を覆う両手をゆっくりとはがしていくと、自分の口角がゆるく持ち上がっているのがわかった。
この感情は、歓喜だ。
私は、加害者の高倉家の娘が重体だと聞いて、喜んでいる。
加害者の高倉剣山と千江美の娘といっても、年端もいかない女の子だ。ましてや、娘の苹果の友達である。苹果はその子の不幸を心から悲しんでいるというのに。
絵梨子は低く笑いながら、自分の醜さに吐き気がした。
高倉家の不幸が、蜜のように甘美な幸福に感じられてしまう。
「どうして……」
こんなことを知りたくなかった。
他人の死を心から喜ぶ、自分がそんな人間であることなど自覚したくはなかった。
あの事件さえなければ。
桃果を奪われたあの日から、何もかも変わってしまった。
犯人たちへの恨みは、もちろん桃果を奪ったというその事実が一番大きい。
だが不幸はそれだけにとどまらなかった。
夫との気持ちはすれ違い、本来だったら知らないはずだったお互いの醜い面までさらし合うことになった。
桃果を失うことがなければ、自分たちは仲の良い夫婦、仲の良い家族でいられたはずだ。
絵梨子自身、誰であろうと他人が亡くなるということに心を痛めて涙を流せる、そんな人間でいられたはずだ。
いや、本当は人間の本質なんてたいそう立派なものではない。
他人の不幸は嬉しいし、自分さえ幸福でありさえすればよい。
みんな、きっかけさえなければそんなことには気づきもせず、自分だけはまともな良い人間だと思っていられるのだ。
それは、どんなにか幸福なことだろう。
事件の犯人が憎い。
だがそれは今、桃果を奪ったからではなかった。
自分が嫌な最低な人間だと、自覚させられたことが、憎かった。
苹果に対して、高倉家の子どもたちと会うことを許している、器の大きな母親だと見せかけているだけだ。
「ごめんね、苹果。こんなママで」
呟いた声を携帯電話は拾わず、未だ通話の終了を告げる音が、低く鳴り続けていた。

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