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ノスタルジア

「輪るピングドラム」の二次創作小説ブログサイトです。 公式の会社・団体様とは無関係です。

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結んで

冠葉。父の日。

「うーん……」
自分の唸る声で目を開く。見慣れた家の天井が見えた。
差し込む日の光がやけに眩しい。
「あれ」
冠葉はぼうっとしながら起き上った。きょろきょろと周りを見回すと、隣に敷いてあるはずの弟の布団がない。それどころか家にもいないようだ。
庭をのぞいてみたが、洗濯物がばたばたと風に揺れているだけだった。
枕元に置いてあった自分の携帯を手に取って、画面を表示させる。げ、と思わず声に出た。
時計は午後一時を回っていた。日が高いはずだ。
おかしいな、と冠葉は首をひねる。
今日は日曜日だ。だが、いくら休日とはいえ、高倉家の主夫と化している弟が冠葉がいつまでも寝ていることを許すはずがない。
ふとメールが数通届いていることに気がついた。
いくつか来ている女からのメールは後回しにして、画面をスクロールしていく。朝の早い時間に、晶馬からのメールが届いていた。
「洗濯物を取り込んでから、制服で病院に来い……?」
晶馬のやつ、一人で見舞いに行ったのかよ、と内心で毒づく。
二人の可愛い妹はただ今入院中だ。経過は正直に言って思わしくない。
冠葉と晶馬はなるべく陽毬が寂しくないようにと平日の放課後も必ずどちらかは顔を出すようにしていた。
今日のような休日は二人でそろって病院に行くことのほうが多いのだが、今日は晶馬が起きない冠葉に業を煮やしたのか、一人で先に行ってしまったらしい。
とりあえず自分も行こうと着替える準備を始めるが、はたと気づく。
「……なんで制服?」





わけがわからなかったが、とりあえず言われた通り制服で陽毬の病室に行くと、妹が頬をふくらませて待っていた。
「冠ちゃん、やっと来たー!」
「ああ、ごめん。晶馬に置き去りにされてさ」
冠葉の言葉に、晶馬が陽毬と同じ顔をしてぶすっとこちらを睨んだ。
「冠葉がいつまでも寝てるからだろ」
「だからってよ、いつもは俺が起きるまで粘るじゃねーか。今日に限ってどうしたんだよ」
「……それは」
晶馬が口を開こうとしたのを、慌てたように、腕を振り陽毬が遮った。
「ね、ねえねえ冠ちゃん。私、冠ちゃんと散歩したいな。行こ?」
「あ、ああ」
大切な妹の頼みであれば何でも聞く。冠葉は陽毬に引っ張られるままに病室を出た。
いってらっしゃい、と晶馬の声を背中に聞きながら冠葉はなんなんだ、と心の中で首をひねる。
陽毬の足取りは迷いがない。散歩と言ってもぶらぶら歩くものではなく、どこか目的があるようだ。売店にでも行きたいのだろうか、と冠葉はぼんやりと考えた。
陽毬と並んで歩いていると、彼女の日にめった当たらないため白い肌に目が行ってしまう。
冠葉は不埒なことを考えないようにと病院の廊下の景色を見やった。
今日はやけに、見舞客が多いような気がする。
食堂で、入院服に身を包んだ初老の男性に、女性が何かを渡しているのが見えた。
看護士が通りかかり、「あ、父の日だものね」と声をかけているのが聞こえた。
父の日。
冠葉はああ、そんなものもあったっけ、と思う。
六月の第何週にあるのかも忘れてしまったが、確かに日曜日だったと思い出す。
冠葉はぼんやりと父の姿を思い描く。それは高倉剣山で、夏芽の父の顔は思い浮かばなかった。
小学生の頃、父の日を晶馬と陽毬と一緒に祝った。
おこずかいを出し合って千江美の意見を参考に買ったネクタイをプレゼントした。だが、あまり剣山はネクタイをする習慣がなかったらしい。そういえば、仕事のときはいつも作業服のようなものを着ていた。
いつつけようかなあ、と言う父に、僕たちが今つけてあげる、と子どもたちでネクタイを結ぼうとした。
だが当然、ネクタイなど三人とも結んだことがない。ぎゃあぎゃあと言いながら三人でああでもないこうでもないと結ぼうと悪戦苦闘する。
締まりすぎて剣山の首をしめてしまったり、逆にゆるすぎてしまったりしても、剣山も千江美も笑っていた。
――父さん。
心の中で呼びかける。
隣を歩く陽毬の身体はどこもかしこも細い。
妹の身体は確実に病魔に蝕まれている。
両親がいなくなってから、冠葉は父親の代わりを務めようと必死だった。
マスコミの取材や、近所の冷たい視線、子どもたちの陰口。いろいろなものから晶馬と陽毬を守るため、矢面に立ち、毅然と対応してきた。
そしてなんとか高倉家は家族のかたちを保っている。
けれど、陽毬の病気だけはなすすべがなかった。
あの嵐の日の父親のように、颯爽と冠葉を守り、陽毬を助けたようにはいかない。
父さん。俺は父さんみたいにはなれないのかな。俺には、無理なのかな。
「冠ちゃん!」
陽毬の声にはっとして周りを見渡す。
いつの間にか外に出ていたらしい。
そこは病院の中庭だった。陽毬がほら見て、と茂みに向かって指をさす。
「バラが咲いてるんだよ。すごいでしょ」
「あ、ああ」
「綺麗でしょ。冠ちゃんに見せたかったの」
鮮やかな色をつけて赤いバラが咲いていた。ちょうど見ごろのようで確かに綺麗だった。
「……ああ。綺麗だな」
冠葉は陽毬のほうが綺麗だ、と陳腐な台詞を言いそうになって呑み込んだ。他の女には簡単に言えるような言葉が、彼女にはいつも言えない。
それは陽毬が特別だからだ。
特別で、大切で、一番守りたい女の子なのに、自分にはそれができるのだろうか。
考え込んだ冠葉の横で、陽毬がまた頬をふくらませた。
「冠ちゃん。私がなんで冠ちゃんにバラを見せたかったのか、わかってないでしょう」
「え?」
「今日は何の日?」
陽毬が腰に手を当てて迫ってくる。勢いに押されて、冠葉は頭を巡らせる。先程見た風景が頭をよぎった。
「……父の日?」
「正解!母の日にはカーネーションで、父の日にはバラなんだって」
陽毬が楽しそうに言うと、不意に手を伸ばしてきた。
抱きついてくるのかと一瞬思ってしまい、驚いて冠葉は身を引いてしまう。
陽毬はきっとにらんでくると、じっとして、と言い放つ。
冠葉は自分の胸が激しく音を立てていることに動揺した。陽毬に聞こえるのではないか、と少女漫画のようなことを考えてしまう。
陽毬の指が、冠葉の首筋に伸びたかと思うと、ネクタイを掴んだ。するりとネクタイが外される。
そしてもう一度ネクタイを冠葉の首に回すと、器用にネクタイを結びなおしていく。
かつての父の日に、ふっくらとしていた小さな手はいつの間にか細く女らしくなっていた。
やがて結び直されたネクタイは、綺麗なかたちを作っていた。
陽毬は満足気に頷くと、冠葉を見つめた。
「……いつもありがとう。冠ちゃん」
陽毬が花がほころぶように微笑む。
冠葉はその笑顔を見つめ、やがて耐えきれなくなって俯いた。
陽毬の肩に手を置いて、地面を見つめる。
冠ちゃん、と呼びかける妹の顔を見つめる自信がない。
叶うならば、思い切り抱きしめてしまいたかった。
必死に激情を抑え込むと、顔を上げる。
「陽毬」
「うん?」
「ありがとう。これ、練習したのか?」
「うん。晶ちゃんに練習台になってもらったの。冠ちゃんを後から呼んでって言ったのも私なんだ。ごめんね」
そっか、と言いつつ、これを何度もやってもらったのか、と晶馬を嫉む気持ちが少し起こる。そんな自分に呆れてしまう。
本当に、どうしようもないな、俺は。そう心の中で呟きながら、それでも、と思う。
彼女を守るためなら、この笑顔を守るためなら、きっと自分は何でもやるのだろう。
父さんのようにうまくできなくても、彼女が笑ってくれるのなら、何でも。
冠葉は陽毬の肩からそっと手を放した。
「……なあ陽毬。またネクタイ結んでくれるか?」
陽毬はうん、と無邪気に頷いた。彼女もきっと、自分の命が長くはないことを知っているのに、微笑んでくれている。
だから俺が守るのだ。絶対に。
陽毬がとびきりの冗談を言うように華やかに笑った。
「うん!冠ちゃんが恋人ができて、誰かと結婚して、奥さんにネクタイを結んでもらうようになるまでは、私がやるよ」
「そっか」
じゃあきっと、一生俺は誰とも結婚しないけれど。
そんな言葉を呑み込んで、冠葉も無理矢理笑った。

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